退魔師やってた光輪のセイジが妖邪界に転生した所

「誰か、服を!」
 事が転生だけに、素っ裸で泉の中に突っ立っている征士。
 彼は堂々としたものだったが、やはり裸なのはよくないので、悪奴弥守は家臣に命じて、転生者用の衣装を取ってくるように命じた。

 程なく、ヤヅカが転生してきた者が一律着せられる、紺色の小袖と帯、それに下帯や草履などを持ってきた。
 ものはそんなに悪くはない。だが、せいぜい、闇神殿の雑仕が着ているレベルのもので、例えば阿羅醐城や闇神殿の正殿に入れるようなものではない。

「すまんな、光輪。転生してきた者がまず着替えるのが、この衣なのだ。そのうちもっといいものが着られるようになるから」
「……制服のようなものか? 私なら、別にかまわない。服が着られるならそれで十分だ」

 そういうわけで、征士は自分の着丈にあった、紺色の着物にさっさと着替えた。流石に、和装の着方は分かっている。悪奴弥守の手を借りるまでもなかった。
 悪奴弥守は、征士が着替えて泉の神聖結界から出るのに伴い、丑寅の宮の中を案内することにした。

「その衣を着ている間は、闇神殿だけではなく、他の御殿でも、転生してきたばかりの人間だと分かってくれる。人が、というより、妖邪が皆、親切にしてくれることになっているのだ。この紺色は特別な染め方をしているのでな」
「……なるほど。やはり、練習生などの制服ということか」
「そうだ。あと、闇神殿が庇護する妖邪という意味もある。何かしでかしたりしでかされたりした場合、闇神殿、つまり俺が面倒を見る事になっている」
「それは恐そうだな」

 半ば冗談で征士は白の半襟の首元を竦めた。
 半分は上段じゃない……何事かトラブルがあった場合、この血気盛んで闇の恐怖を司る魔将が必ず出てくるという意味なのだ。
 これまで、転生者に関するトラブルが何回あったかはわからないが、いずれ血を見る結果で終わったのではないだろうか。

 紺色は日本人にはなじみ深い色であるし、華美ではないし汚れも目立たない。その地味な色合いに様々な意味合いがあるらしい。
 いずれ、紺色、ねず色、茶色は日本的な色であるとされるが、どれも征士には似合いそうだった。

「とりあえず、……悲しいが、お前が妖邪になったのなら、当分は俺が付き合う。責任を持って、お前が煩悩京で独り立ちして幸せになれるようにするからな。覚悟しておけ」
 泣くのをやめて気を取り直し、シャキッとした顔で悪奴弥守はそう言い切った。
 覚悟しておけなどと言いながら、そういうときの悪奴弥守は何とも言えず愛らしい。
 本人はかっこつけているつもりはないのだろうが、カッコいい事は確かだし、健気さや純粋さを感じさせるのだ。
 征士は思わず悪奴弥守を抱きしめたくなったが、彼も家臣の前であるという事を思い出して慌ててこらえた。

「それじゃ、お前の戸籍を作るぞ」
「妖邪界に? 戸籍があるのか?」
「当たり前だ。ここは妖邪帝国、妖邪界唯一の世界帝国だ。帝国のど真ん中に、戸籍がない野郎がいてたまるか。お前もこれからは、妖邪帝国の一員として、しっかり労働して、税金をおさめろ。そのための教育なら、俺が責任持ってがっちりしてやる」
……そういうことになった。

 征士が転生してきたのは、午後一番、未の刻(午後一時)だったが、戸籍を作ったり住居を準備したりするために、なんだかんだで、酉の刻(午後七時)までかかってしまった。
 その間、征士は、転生を万事司る丑寅の宮の間のいくつかを、悪奴弥守に連れて歩かれた。色々と怠い作業もびっくりする事もあったが、その日のうちに、征士は、妖邪帝国に戸籍を手に入れ、闇神殿の雑兵(致し方ないが雑兵)として登録された。

「すまんな、みんな、ここから始まるんだ」
 何故か征士本人より残念そうに悪奴弥守はため息をついた。
「だがそのかわり、闇神殿の配下の長屋ならどこでも使えるし、米も味噌も配給される。そこで我慢してくれ」
「わかった。私も贅沢は言う気はない……その長屋というのは、闇神殿から近いのか?」
「ああ、外宮の方で……ちょっと待ってくれ。今地図を渡す」
「地図」
 征士は、思わず悪奴弥守の顔を見てしまった。
 悪奴弥守の顔を見つめた。じっと見つめた。
 部下から地図を手渡された悪奴弥守は、黙ってその視線を受け止めた。

「~~わかった。一緒に行こう。俺が長屋まで案内してやる」
 もう、現代日本で言うなら午後七時過ぎだ。
 働きづめの悪奴弥守だったが、今日ぐらいは征士に付き合ってもいいと思ったらしい。
 何しろ征士は、転生してきたばかりで、悪奴弥守達魔将と迦遊羅以外に知り合いさえもいないのだ。
 この、太陽系規模の帝国のまっただ中で。

 悪奴弥守の案内で、征士はようやく丑寅の宮から出た。
 悪奴弥守は、巫女衣装から、日頃愛用の鉄黒色の着物に着替えていた。
 その色が悪奴弥守の気に入りの色らしい。
 涼やかな夏紬の仕立てに漆黒色の角帯である。
 襟元は白っぽい灰色。

 悪奴弥守は、内宮の鳥居の一つを、二人でくぐり抜け、外宮の方へ歩き始めた。
 広大な闇神殿は、新宿三個分の広さがあることは既に述べた。

 闇神殿の敷地内は緑も多く、舗道も完備されている。たまに牛や馬に乗った妖邪が通りかかるが、悪奴弥守を見かけると降りて礼をしていた。
 悪奴弥守はそんな仲間の妖邪達に鷹揚に手を振ったりして笑いかけ、まあまあ機嫌良く征士を伴って長屋の方に向かった。

「しかし、お前も酷い目にあったな。そんな妖邪、俺も知らんのに」
「ハーピィの妖邪を、悪奴弥守は知らなかったのか?」
 征士は少し驚いた。だが、そんな気はしていた。
「ああ、それは、俺たちの住む妖邪界から何かの理由で移動したものではあるだろうが、既に俺と同じ妖邪と言えるのか……? あえていうなら、妖魔とでも言うような、魔物かもしれないな」
「うむ……」

 自分が死んだ事情であるだけに、征士は重々しく頷いた。悪奴弥守とハーピィが同じ妖邪だというのは、生態系からして考えづらいのだ。
 悪奴弥守は人間の形をしているし、人間らしい心も持っているが、ハーピィはまるでテレビゲーム出てくるモンスターのようで、とても冷酷で残虐だった。

「それより、天空や烈火は元気か? あいつらも、無事に過ごしているといいのだが」
「ああ。皆元気だ……」
 しばらく、征士は悪奴弥守に、サムライトルーパーの仲間達の話をしながら、夕暮れの煩悩京の舗道を歩いて行った。
 当麻や遼、伸、秀の話をすると、悪奴弥守はとても喜んだ。
 彼にとっては、自分と同じ鎧を着る、四百年以上年下の仲間なわけで、可愛くない訳がないのだ。皆、自分の子どもか孫のようで、とても可愛いと思っている。

 その中でもとりわけ可愛がっていた征士がこんなことになってしまったわけで、少なからずショックはあったようだが、もう切り替えたようだ。

「そうか。金剛は、相変わらず調理人か……あ」
 征士と悪奴弥守は、通りの突き当たりの建物の前に来た。

「光輪、ここだ。一応新築だが」
 長屋とは、要するに日本古来のテラスハウスであるわけだ。
 征士が連れてこられたのは、1棟の木造の建物の中に五つの住戸が水平に配置されている長屋だった。玄関も他の部分も完全に独立しているらしい。
「私のために気を遣ってくれたのか?」
「そ、それはまあ……うん」
 悪奴弥守は珍しく口ごもっている。
 征士は黙って微笑み、玄関の引き戸を開けてみた。

 畳敷きの和室が上下に二つ続いている。典型的な六畳二間だ。
 それとは別に台所と風呂場、厠があった。
 何と厠は水洗だった。

 征士が驚愕していると、悪奴弥守はキョトンと目を瞬いた。
「我々が、人間界の文明に遭遇して、何年経っていると思っているんだ。良い所は真似した」
 そういう訳である。流石に、文明が異質過ぎるので電気やガスが通った訳ではないのだが、水は元からあるので大いに利用したらしい。
 電気やガスの代わりに妖邪の魔法の力、総称して妖力が代用品として通用しているようだった。

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