退魔師やってた光輪のセイジが妖邪界に転生した所

 天気が、悪い。
 かっとなる当麻。思わず妖邪に毒づきそうになる。
 だが、彼等にはそんな暇はなかった。

 高笑いをしながら、ピンク妖邪は、その場にいた幼女の方に鋭い鉤爪を向けた。
 幼女は、むずかっていた。夜中にいきなり襲撃を受け、鉤爪に引っかけられて上空を飛び、振り回されたり引っかかれたりして虐められていたのである。
 やっとの事でパトカー隊の方に預けられたが、周りは知らないおじさんばかりで恐いパトカーばかり。ショックのあまり、幼女はあまりに気持ち悪くなり、その場で地べたに突っ伏してしまっていたのであった。

 その苦しんでいる幼女を、ピンク妖邪は再び鉤爪で鷲づかみにした。
 まるで殺しかねない勢いだ。

「ヒュッ……」
 そんな音を喉から立てて、ついに幼女はその場で意識を失った。ぐったりとしてもう自力では身動きも出来ない。

「やめろ!」
 征士もまた怒りの声をあげたが、咄嗟に、能力を使う事は出来なかった。当麻もだ。自分たちの雷撃やかまいたちの力で、警官隊や、それこそ幼女を傷つける訳にはいかない。咄嗟にためらった。

 征士が怒るのが面白かったらしい。
 まだ躊躇のある当麻と征士の前で、ピンク妖邪は、気絶している幼女を振り回した。右に、左に。
 まるで人形のように意識のない妖邪はピンクの阿呆鳥の思いのままに揺れている。

(落ち着け--落ち着け!)
 そんな荒っぽいことをされて、幼女の体にどんな衝撃があるかわからない。だが、今は怒りに駆られている場合ではない。征士は必死に耐えた。

 そうしているうちに、ケタケタと笑いながら、ピンクのハーピィはなんと、鷲づかみにした幼女を、首都高の反対側の対向車線に放り投げた。

「!!」

 深夜の首都高。対向車線では、100㎞以上のスピードで自動車が走行している。
 そこに、気絶している学齢に満たない女の子をぽんと投げたのだ。

 なりふり構っている場合ではない。武装していた征士はその体のまま、対向車線に飛び出し、幼女を再びキャッチした。
 凄い勢いで急ブレーキをかける自動車。あるいはそのままアクセルを踏み込むようにして飛んでいく自動車。

「くっ……」
 征士は、対向車線のど真ん中で立ち往生する。
 流石に、鎧の礼の戦士とはいえ、即座に動ける状態ではない。

 そこに、ピンクの鳥妖邪が、暴風を使ってくる。
 凄まじい勢いで荒れ狂う風が、征士の動きを阻む。
 ピンク妖邪は、包囲網を敷いている当麻のいる車線に征士を戻せないようにしているのだ。そのまま、対向車線で幼女ごとひき殺させるのが目的なのだろう。

 風を使い、風を吹かせて、征士をその場にとどめて殺そうとする。

 腕の中にはぐったりとして身動きすら出来なくなっている幼女。
 依頼人の娘。--年の離れた兄を失い、守ってくれた母親は大怪我をさせられ、こんなところまでバケモノに連れてこられて、気絶している。
 まだ小学生にもなっていない。何の罪もあるはずもない。

 暴風の中にはかまいたちの刃が含まれており、征士の鎧を破壊する勢いだ。そうでなくとも衝撃が鎧の上からも伝わり、征士は簡単に動けないほどだった。

 しかし、その刃を含んだ風が仇となった。
 かまいたちに車体を傷つけられて、自動車が数台吹っ飛ばされてその場に停まり、はからずも暴風から征士を守る障壁となった。
 自動車が何台も破壊されて止まっているので、他の自動車も自然と止まるか迂回しようとし始める。

 そのすきに、征士は、腕でしっかりと幼女を庇いながら、暴風に立ち向かって進んだ。

 当麻も黙ってはいなかった。
 ついに彼も武装し、翔破弓から真空波を撃ち、ハーピィの動きを止めようとする。
 ハーピィは真空波の連続攻撃に身もだえ、翼の羽ばたきを緩めた。すると風も勢いが落ちる。

 征士はかまいたちの刃にズタズタにされながらも、何とか元の車線に戻り、警官達の所へ走り寄った。
「この子を! 速く、パトカーの中に入れて下さい!」
「はい、すぐに」
 気絶している幼女は、やっとの事でパトカーの車内に匿われた。中にいる警官が、どうにか幼女の手当をしているようだ。

 そして征士達は、ピンクの鳥妖邪を倒す事が仕事となった。
 既に征士は手負いである。
 当麻は、自分が前に出るようにして、翔破弓による射撃を続けた。征士に無駄な負担はかけたくなかった。

 だが、妖邪はしつこい。
 翼を大きくはばたかせ、妖力を用いて巨大な竜巻を作り、征士の背後にいるパトカーに向けてぶつけようとした。パトカーの中には、手当を受けている幼女がいる。

「!」
 征士はその場に踏みとどまって光輪剣を構えた。
「征士! 無理をするな--」
 咄嗟に声をあげる当麻。

「来るなら来い、妖邪よ! 貴様の思うようにはさせん! 人間は、皆、怨念の塊になどならん! 憎しみを振り回すだけの貴様の思い通りにはならない!」

 言霊を聞き取った鳥の妖邪は、ピンクの翼を広げ、えげつないほど高い位置まで飛び上がった。また直滑降を行うつもりなのだろう。

 征士は、空を見上げた。
 淀んだ雲の流れが一瞬止まったように見えた。
 雷撃を操る征士は、その雲の力を借りた。

 祈るような気持ちで光輪剣を構え、光の弾動力を雲に直撃させた。
 
 雷雲が、飛来する。
 轟音--空全体が高鳴るような、怒りを思わせる轟きとともに、超極大の雷光斬が、ピンクの鳥に叩き落ちた。

 丁度、天高く飛び上がった鳥に。

 鳥は衝撃を受け、焼け焦げながらも征士の方に飛びついてきた。征士は、光輪剣でピンク妖邪を斬ろうとする。
 しかし、高い位置からマウントを取った鳥は、征士の事を押し倒し、その邪悪な鉤爪で彼の体を鎧の上から大きくかきむしった。

「ぐふっ」
 征士が血を吐いた。

「征士--!!」
 とても見てられずに当麻が征士に駆け寄ろうとする。

 征士は150㎝を越える光輪剣から手を離し、ピンク妖邪の足首を掴んだ。力任せに押さえ込もうとする。
 ピンク妖邪の動きが止まる。

「征士ッ!」
 当麻は、翔破弓で至近距離からピンクの鳥妖邪を撃った。
 討ち取った。
 ついに、ピンクの妖邪は、心臓を射貫かれてその場に横倒しに倒れ、車道に突っ伏した。

 ちょうどそのとき、一台の自動車がパトカーの後ろに車体を寄せ付けてきた。
「すみません、うちの娘はッ……!」
 依頼人の父親である。パトカーの警官隊の何人かが応対する。
 他の警官隊は、息絶えたピンクの妖邪と征士の周りに駆けつけて取り囲んだ。

 当麻が進み出た。
 征士は顔面蒼白だった。鎧の上からでも手傷を負っていることがよくわかるほど、傷だらけだった。口から血を吐いていた。

 それでも彼は目を見開き、当麻の方を見上げた。

「当麻。……子どもは、無事か……?」
「無事だ。今、父親が来た。……きっとパパと一緒にいるよ」

「そうか」
 征士は微かに笑ったようだった。

「……よかった」
 征士は目を閉じた。
 彼は何かを感じ入っているように見えた。

 救急車が呼ばれた。征士は担架で救急車に担ぎ込まれた。当麻は同行した。緊急治療室に入れられた征士の、手術室の前の椅子に座り込み、何時間でも待った。
 待っても待っても征士は出て来なかった。
 来てくれなかった。
 来るはずがなかった。

 誰がそんなことを予測しただろうか。
 たったこれだけのことで、あえなく、征士は息を引き取った。

 享年41歳。
 不惑にもならずに。

 2015/5/31。
 伊達征士は、死んだ。当麻は彼の死に際の言葉が「よかった」だなどと、考えた事もなかった。



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