退魔師やってた光輪のセイジが妖邪界に転生した所

 そういうわけで。
 妖邪として妖邪界に転生した征士と、人間のままの当麻が、闇神殿配下の長屋で新米妖邪兵として暮らす事になったのだった。

 征士の方は完全に妖邪であるのだから、悪奴弥守から闇神殿で直々に、妖邪界について簡単なレクチャーを受けている。当麻は人間であるため、ぶっちゃけ密入国状態であるため--それを受ける事は出来ないらしい。それで先ほどの発言になるのだ。

「俺はそろそろ、闇神殿に戻るが、お前ら。いつまでも若いのは結構だが、あまり近所で騒ぎを起こすなよ。特に天空」
 悪奴弥守は自分の服装の乱れをなおしながら、年寄りのように小言を言った。
 そうはいっても戦国の世から生きている悪奴弥守の年齢は400歳以上、実際年寄りなのだが……。
「任せろって! 征士がいるなら俺に死角はない。どんなトラブルが来たって平気だ!」
「……」
 明朗快活単純明快に答える当麻に対して、悪奴弥守は何とも言えない顔になる。
「何、どうしたの」
 不思議そうに自分を見つめる悪奴弥守に対して当麻は恐る恐る聞いて見た。
「当麻、私も、そんなに私の事をおもってくれるのは嬉しいのだが、それで騒ぎを起こされるのは困るぞ」
 征士の方もそう言った。
「いやだから! 俺そんな、変な事しないってば。せっかくここに住ませてくれるっていうなら、ちゃんといい子にして毎日、仕事探して頑張ります!」

 当麻が征士に慌てていい子アピールをし始める。
 それが言いたい事ではない征士は頭が痛そうに額に手を当てた。
 そこで悪奴弥守がこう言った。

「即売会って、なんだ」

「……!!」
 天下の闇魔将の口から出てくる「即売会」。
 忽ち凍り付く当麻と、どうして当麻が凍り付いているのかわからない征士。

「発音だけ聞いていると、何か、売るのか? それを商売にして、たつきを立てるのか天空よ。妖邪界にも商売についての掟はある。掟を違反すると、ひどいぞ」
「イヤその俺は、商売にしたいっていうか、していいならするけど、でもね、悪奴弥守。その前に、即売会をする前に、製作とか布教とか色々することはあるわけなのよ」
「?? せいさく? 何か作るのか? それが、お前の商売か?」
「えーっと、そうなんだけど、悪奴弥守の考えていることと大分ずれていると思う……」
 たじろぐ当麻。
 不思議そうな悪奴弥守。
 征士がそこで気づいて慌てた。
「当麻。まさかお前本当に、妖邪界で即売会を開く気か!」

「え? ダメ?」
 ナチュラルにそういうことを言ってしまう当麻。
「ダメも何も……お前っ……」
「いや、必要とあらば即売会は作るし、そのためにテレビ作ってテレビ塔作って印刷所作って布教して、そういう文化の土壌を切り開いても俺としては全然かまわないけど」
「あんな煩悩の塊を、異世界にまで広めるな!!」
「いいじゃん。ここ、煩悩京なんだし」
「煩悩京は煩悩の塊を浄化するから煩悩京なのだ。人々は日々、自らの煩悩に向き合い、その愚かさを知って、己を知って、自らを鍛える。憎しみや悲しみを浄化していく。そのための煩悩京で、萌えを布教するバカがいるかーッ!!」
「そうなの?」
 煩悩京は何故、煩悩京と言うのかと、昨日知ったばかりの征士だったが、その話には武士の彼は随分感心していたものだった。そこでやってきた当麻が、煩悩そのものの萌えを広めようとするのだから、プッツン切れるのも無理はない。

「……萌え?」
 そこでさらに悪奴弥守が、不思議そうに小首を傾げて尋ねてくる。悪奴弥守としてみれば、聞き慣れない単語だから聞き直しただけなのだが、征士の目と耳には、

「萌え?」
 小首傾げて悪奴弥守が言った事には凄まじい衝撃があった。

 当然、悪奴弥守だ。萌えとか萌え文化とか、まるで理解出来るはずがない。何しろ末期テイストのアイドルオタクも役者狂いの一言で片付けてしまう男である。戦の煩悩は知っているが、アイドルとかキャラクターとかカップリング戦争については1ミリも理解出来ない事であろう。
 そのわかってなさ具合が愛しい……のが征士であった。

「悪奴弥守!!」
 あまりの悪奴弥守のかわいらしさに征士は彼に飛びついた。遮二無二、抱きしめながら頬ずりしてくる。
「な、なんだ、光輪っ! やめろ、人前だぞっ!!」
「悪奴弥守、萌えとか煩悩とかの単語は今すぐ忘れろ、忘れるんだ!!」
「な、なんでっ……」
「穢れを知らないお前が知っていい世界ではないッ!!」
「け、穢れって……」
 繰り返そう。四百数十歳闇魔将。肉体年齢は二十歳のままだが闇魔将。
 その彼が「穢れを知らない愛の天使」に見えるのが征士の愛であり、愛に忠実であることが光を司る礼の戦士と思い込んで生きてきたのであった……。

 今にも頬ずりからキスに行動を移しそうな勢いの征士。

 それを見てブチっと行くのが当麻であった。
「ちょっと待てよ征士! 誰か忘れてないか!?」
 征士と悪奴弥守の方に詰め寄って、当麻は、彼等の周りに入り込めずに周囲をぐるっと一周歩き、悪奴弥守が慌てふためいて征士から離れようとするのを見て、それはそれでむかついて(俺の征士に抱きしめられて何が不満なんだよ!!)、両腕を広げ、この体育会系の男二人を自分なりに両手で抱きこもうとした。

「な、何だ、当麻っ!?」
「俺も仲間に入れてくれ!!」

 かなり無理のある体勢だったが、当麻はその痩せっぽちとは決して言えないが征士よりも頑健とはなかなか言えない体型のまま、征士と悪奴弥守を抱きしめて、のしかかろうと頑張っている。

 そしてそのまま固まった。
 征士は悪奴弥守を離す気がないし、当麻は征士を離す気がないし、悪奴弥守は二人と喧嘩をする気がなかった。

「……光輪」
 限界がすぐに来たのは悪奴弥守であった。もう顔が真っ赤。汗ばんだ肌で息を切らして、切なそうに征士を見ている。
「……暑い」

「あ」
 征士は失念していた自分に驚いた。
 悪奴弥守は大の暑がりで、少し暑いとすぐに脱ぎたがる悪い癖があるのである。
 もう既に脱ぎたいかもしれない。
 当麻の前で。自分以外の男の前で。

「すまない悪奴弥守! 暑かったろう、だが、服は着ていてくれ!!」
 やっとのことで征士は悪奴弥守から離れ、当麻だけが征士にしがみついた。

 悪奴弥守は素直に頷いている。流石に朝っぱらから征士の前で脱ぐ気はないらしい。布団の中ではしっぽりじゃれあっていたけれど。

「服。……そういえば、天空は服はどうするのだ? ずっと、アンダーギアでいるわけにもいくまい」
「あ、それは、えーっと……」
 IQ250はすぐに自力調達しようとして何事か考え込んだ。その間も、征士の首っ玉にしがみついている。
「洋服はないが、闇神殿から市販の着物だったら光輪と同じものを用立てるぞ。一着に着ならなんとでもなる」
「え、いいの!?」
 当麻は驚いた。初めて、悪奴弥守に対して、征士のことで意地悪したのにまるで効いていないらしい。意地悪といっても、嫉妬を純粋に出しただけだけど。
「それでいいのなら、後で兵に届けさせよう。後は、光輪の話を聞いて、とにかく妖邪界の生活に早く慣れてくれ」
「ラッキー!」
 征士とおそろいの着物だ!
 さすがにそこまでは言わない当麻であった。

 悪奴弥守の方は、征士といちゃつこうとしている当麻を見て、つくづく悲しくなってきた。複雑な気持ちはそうなのだが、
(何故に天空がおなごではないのだろう。これだけ仲が良いのなら、一緒に暮らしていれば、光輪の子どもの一人や二人産んでいただろうに……)
 と、そっちである。そうすれば、悪奴弥守は子どもの事を口実に、征士との関係を清算出来たし、征士だって一人の父親となればやんちゃはダメだと言う事ぐらい理解出来ただろうに。

 しかしそんな無茶を言ったところで、悪奴弥守が男、征士も男、当麻も男、男だらけの三人の抱擁になってめっちゃ暑苦しくなったのは事実なのであった。
 妖邪界と言ったって、六月頭の話である。暑い時は暑いのだ。



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