退魔師やってた光輪のセイジが妖邪界に転生した所


 事態が紛糾する事小一時間。

 島村卯月や渋谷凛や柳清良は実在しない。
 アニメやゲームや漫画の中にしか存在しない、架空の存在です。

 当麻は涙目になりながら、悪奴弥守の前でそういわされていた。

「……」
 自覚のない重度のオタクに希にいることに、当麻は、卯月や凛など、他のアイドルの事も、あたかも実在の人物、現実に存在するアイドルのように話す癖があり、それは正しく彼が紙一重の思考回路をしているからなのだが、本当はわかっている癖に、「実在の人物のように話す」のをなかなか改めたがらないところがある。
 それで、話が長引いたのである。

「……架空?」
 思わず当麻を怒鳴ってゲンコツで殴るほど怒った悪奴弥守だったが、それを聞いて気が抜けて、がっくりとその場にしゃがみこんだ。
 征士が散々当麻を説き伏せて説き伏せて、暴走する当麻を説得して説得して、何とか自分がソシャゲに課金するアイドルオタクであることを認めさせ、悪奴弥守に自分の口で整理して説明させたのであった。

 悪奴弥守はしばらくの間、呆けていたが、当麻の方は自分の自爆ぶりがわかってきて、ゲンコツも貰っているだけに、涙目でる。

「……要するに役者狂いの変形か?」
 実在しない女についてまともに腹を立てて人を殴ったという、こっちも痛い立場の悪奴弥守。やっと理解が追いついてきてそう言った。
 声優さんも広い意味では役者であるだろうし、そちらも手広く萌え狂っていた当麻は黙って頷くしかない。
 脇で征士が叱りつけている。

「まあ……世之介だの徳兵衛だのと、狂っている女妖邪は俺の周りにもいる……そういうことか」
「はい、そうです」
「それならそうと早くいえ!」
 追撃を入れつつ、悪奴弥守は頭痛そうに額を押さえながらゆっくりと立ち上がった。

「殴ってすまなかったな、天空」
 そこはあっさりと笑って謝る悪奴弥守であった。

「あ、うん……俺こそ。悪奴弥守にしてみれば、そういう話に聞こえるって、わからなかったよ。言ってくれて、やっとわかった」
 悪奴弥守にして見れば人気アイドル的な風俗嬢三人絡めたまんま、征士にプロポーズしたというとんでもない話な訳だ。
 現在、征士の思い人で、本人も征士を可愛く思っている立場。そりゃ、ふざけるなと殴りたくもなるだろう。

 つきあっているかというとそうでもなく、両片思いで友人以上恋人未満というはがゆい関係性であるらしい。
 やはり、悪奴弥守は身分差が邪魔をし、簡単に征士と正式な恋愛関係になるわけにいかないらしいのだ。
 そのためには、征士は妖邪界で相当実績を積まなければならないという状態。
 要するに、金、地位、名声、名誉……そういう問題で、何とも言えずいやらしいけったくそ悪い諸問題があるのだそうだ。だが、それは、古い国ならどこでも同じだろう。

 悪奴弥守の方は悪奴弥守の方でそういう事情を小出しにして当麻に伝え、当麻も、フリーランスとは言え著名な研究者で地球上の大国とパイプを持っている立場な以上、いわんとしていることは伝わった。

「それで、どうするのだ、天空よ」
 悪奴弥守はやっとの思いで話を戻した。
「光輪の肉体が破損のない状態でまだ人間界にあるのなら、妖邪界の妖力を用いて、何とか命を吹き込む事は出来たが、それはもう無理だろう。光輪は今は完全に、妖邪の肉体を持つ妖邪だ。人間界に行けば、他の闇堕ちした妖邪のようになる可能性が高い。俺は光輪が闇堕ちするところなど見たくはない」
「私は簡単に闇の妖邪になどならないぞ、悪奴弥守」
 征士が言うと、悪奴弥守は無言で頷いた。

「それよりは悪奴弥守、あんたは……自分の身近で、妖邪帝国で征士に、光輪としての栄光に輝いて欲しいってことか? 妖邪帝国にも妖邪帝国の義がある。考えて見れば、妖邪界の妖邪帝国っていったら、地球における地球帝国って言っているのと同じ事だからな。……凄い世界なんだろうな」
 当麻はため息をついたが、すぐに悪奴弥守に向き直った。

「だけど本心を言う、悪奴弥守。俺は征士の事は諦めない。あんたが征士の事に責任を持って、征士のためにベストを尽くしてくれる事はわかっている。そうだとしても、俺は……」
 当麻は、眩しいぐらい凜々しく鮮やかに言い切った。
「そうだからこそ、征士を諦められないんだよ」

 悪奴弥守はまた黙って頷いた。そうであってこそ智将天空であったし、長年、征士をそばにいる彼に任せていた理由であった。
 悪奴弥守は、当麻の事を頼もしくは思ったが、それでも状況が状況で、不安でならなかった。そして悪奴弥守はその不安を隠して押し黙った。

「当麻。そういえば、仕事はどうしたんだ」
 征士は、気にしていた事を尋ねた。当麻は、肩を竦めた。

「俺は元の時空ポイントに戻る方法を知っているから大丈夫」
「何?」
「迦雄須や朱天は出来なかったかもしれないが、俺、時空に目印をつけてきたんだ。俺が妖邪界に移動したのは6/9の0:00ちょうど。これから、妖邪界で俺はしばらく過ごすだろうが、人間界に戻る時は、何があっても6/9の0:00に戻る。そうしたら何の滞りもない。征士が戻ってきていれば、今までとは何も変わらない毎日が始まるのさ」
 妖邪界において7/9だろうが、8/9だろうが、人間界に戻る時刻は6/9。
 そうすれば、何の痂皮もない、何も変わらない毎日が始まる。当麻はあらかじめそうなるように取り計らってから妖邪界に移動したらしい。

 6/9 0:00。

 そこに当麻の変わらないこだわりを感じ取って、征士も悪奴弥守も口をつぐんだ。

「征士。お前、妖邪なんて言っちゃってるけどさ、人間として、ちょっとの間だけ寝ていただけだから。眠りが深すぎただけ。俺はそう思っているんだ」
 当麻は笑ってそう言った。
「朝、起きたら楽しい誕生日が始まって。後は、毎年の通りの変わらない何気ない日常が続いていくだけ。二人で楽しく暮らせるんだよ、いつだって」

 当麻がどれだけ征士を好きであるのか、身にしみる。
 そんな表情になる悪奴弥守と、それを見る征士であった。

 悪奴弥守は当麻の方を見て、静かに言った。
「お前に出来る事はありそうだな」
「?」
 それは当然のことである、というように当麻は首を傾げた。

「光輪の事を、人間に戻して、人間界に一緒に帰る方法が欲しいのだろう。俺も、そうしたらいいと思うが、現実はそうはいかない。だが、天空。お前は天才だ。もしも、光輪を蘇らせる事が出来ると言うのならば、やってみるがいい。無事に、光輪と二人で仲良く暮らせるならば、俺もそれが一番いいと思う」

 意外な応援を得て、当麻は目をまんまるに見開いた。
「悪奴弥守! 何故そんなことを……!?」
 征士が驚愕して悪奴弥守を振り返る。

「何もかも無難に終わらせる方法などない。だが、お前にここまで惚れて尽くしてくれる仲間がいるのに、仕事もさせないで追い返すのも情がない話だろう。……それに、光輪よ。お前、どうやって、ここまで言ってる天空を一人だけ追いやるつもりなのだ?」
「……………………」
 征士の事が好きで好きで次元を越えて追いかけてきた当麻。
 それを征士本人が、酷い態度を取って追い返せというのか?

 それも出来る話ではないだろう、と悪奴弥守は先回りしたようだった。
 うづりんのことが納得出来たため、悪奴弥守はもとの、「天空が女だったら良かったのに……」という心境に戻ってしまったのである。
 その気配を感じ取って、征士は何ともはがゆくもどかしい思いに駆られた。悪奴弥守は自分の事が好きなくせに、年齢を気にしてか、そうやって常に一歩引きたがる悪い癖があるのだ。
 見た目は二十歳で、自分よりも若いくせに。

「ありがたい、悪奴弥守。それならさ、俺をこの長屋に住ませて欲しいんだけど。あとそれから、妖邪界における暮らしのマニュアルみたいなの、ある? それとそれと、仕事と仕事道具と、職場があれば万々歳」
 それに対して悪奴弥守は、呆れて笑いながらこう言った。

「全部、光輪に聞け」




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