「何故だッ!!」
当然のことながら当麻は、征士に激しく問い詰めた。
征士の方は何とも言えない。
何しろ昨日、夜更けまで悪奴弥守の事をガッツリ貪って、今朝も先ほどまで布団の中で長々とむつみ合った訳なのである。
悪奴弥守の脳内では当麻が浮気し放題だが、当麻にしてみれば、征士が夕べから今朝までかけて、リアル浮気している事になるかもしない。
そんなことを言ったって、征士は当麻が自分の事を恋愛的な意味で愛していて、ずっと守ってくれていた事を今知った訳で、悪奴弥守とやっちまった後にそんなことを言われたって彼の性格上、嘘をつく事もごまかす事も出来なかった。
かといって、そこまで真剣な事を言ってくれた当麻の前に、実はさっきまで悪奴弥守と布団の中でしっぽりまさぐりあっていたなんて言える訳がない。
浮気の現場差し押さえよりもよっぽどバッドなタイミングで、当麻は言う事を言ってしまったのである。
彼も冷静に考えてみれば、なんで将軍職の闇魔将が新米兵士の征士の長屋で朝の七時に台所と玄関のあたりうろついているのか、気づくべき事に気づくだろうに、そこまで頭が回ってなかった。
大丈夫なのかIQ250。本気なのか智将天空。
「私が今、妖邪であることと同じぐらい、揺らぐことのない事実なのだ。私には愛する人がいる。お前の事も、とても大事だ。私は……」
征士は彼なりに誠実な言葉を探そうとして、言いよどむ。
「うん。それって、悪奴弥守だよね?」
そこでズバッと切り込んだのが当麻であった。
「天空!?」
自分達の仲がばれている事に悪奴弥守が驚く。
別に今まで隠し立てしたことはなかったが、多くの仲間達は見て見ぬ振りをしていた上に、本当に気づいていなかった奴も何人かいた。
そういうわけで、当麻は悪奴弥守の方を向き直り、そこでようやくじわじわときいてきたことがあった。
何故に、闇魔将が、征士の長屋にこの朝早く、玄関先から出てきたのだ。
夕べこの人、どこにいたの?
当麻はそこから様々な想像を巡らし始め、段々表情が変わっていった。
悪奴弥守の方は、うづりんのことさえなければ、引き下がったかもしれない。実際、妖邪になったとしても、自分は420歳も征士よりも年上な上に、闇魔将とただの妖邪では能力も違えば地位も期待されることもまるで違う。
特例としてこっそり色々取り計らう事も考えられたが、何しろ、
(うづりん……)
征士に対してやたら過保護な悪奴弥守は、その女二人を片付けてくれない以上、自分以上に一途に大事に征士を愛してくれる男ではない以上、譲る事が出来ないでいた。
「悪奴弥守……お前もしかして、征士と……?」
微妙に語尾を震わせながら当麻がそう尋ねた。
「何を疑っているかはわからんが、俺も聞いていいか、天空よ」
「な、なんだよ」
「うづりんとは、お前の女か?」
今にも泣き出しそうだった当麻の表情が固まった。
当麻は実際、征士が悪奴弥守を抱いたところを詳細まで想像し、今にも泣き出しそうになっていたのだった。
そこで不意打ちのように、悪奴弥守の方から、「うづりんとはお前の女か?」。
これはこれで、当麻の脳内が一気に修羅場になってしまったのである。
「俺の女と言えばそのとおりだが、うづりんは誰かのものになるものではない。うづりんはみんなの愛でみんなの萌えで、みんなの宝なんだよ」
「?」
不意打ちを食らった当麻は、自分にとっての常識を、相手の常識にするかのごとく、すらすらと常日頃思っていた事を述べてしまった。
直前に、征士と悪奴弥守の濡れ場を想像してショックを受けていなければ、もう少しまっとうな答えになったんだろうが。
悪奴弥守は思わず征士を見たが、征士も訳がわからない様子で、黙って当麻の方を見ている。
「いやだから、うづりんって、可愛いだろう。ていうか、可愛いの。綺麗で可愛くて輝いていて、なんていうか、見ているだけで元気をもらえる、癒し……癒しっていえば清良ちゃんかもしれないけれど」
「きよらちゃん?」
「いやそれはおいといて」
「女?」
「いや女ですけど。女に決まってるじゃん」
女が、増えた。
闇魔将は正しく闇魔将というような顔つきになってきた。
それが何故なのか当麻はわからず、慌てて、場を明るくしようと思ったらしい。困った事にそういうとき、彼の場合は口舌鋭い事を武器にして、べらべら喋りまくる事で乗り切る恋冬が多いのだ。
「だから、俺はうづりんが好きな訳。だけどうづりんは俺も含めてみんなのものな訳だから、そういう言い方はよくない。例えば輝かしい青空が、俺の事を見守って俺を導いてくれるとして、青空が俺のものになるわけないだろう?」
「あ、青空??」
悪奴弥守はなんとか、当麻の言っている事をかみ砕こうと、話についていこうと頑張ろうとしているが、到底わかるわけがなかった。悪奴弥守の脳には「萌え」とか「アニメ」というものが存在しない。
征士は薄々、当麻の病気が始まった事は勘づいているが、それをどうやって悪奴弥守に伝えればいいか困惑していた。
悪奴弥守にも「現代日本にはゲームやアニメという娯楽があってそこにキャラクターがいる」といえば、能や歌舞伎に代替して理解することは出来るだろうが、征士から見ても当麻の病的な言動の数々は、何と説明していいかわからない。
当麻は、征士の事を抜かせば、寝ても覚めてもうづりんに恋している状態なのである。
「青空は勿論、俺の事を愛してくれている。俺を許して見守ってくれている尊い存在だ。だけど、俺は青空そのものじゃないし、青空を独占出来る訳じゃない……わかるか、悪奴弥守。うづりんはそういう尊くも愛しい、みんなのものでみんなの宝、人類の宝なんだよ」
「……」
今にも暗黒思考に陥りそうだった悪奴弥守だったが、眉間に凄い皺を寄せて考えている。
この場合、一番ありうるのは、「みんなのもので愛される尊い女性」ということは、妖邪界の闇魔将の思考回路だと、大変に失礼な事に。
人気者の遊女。
であった。
悪奴弥守も男であるため、人間界の風俗の事ならやや知識があるのだが、そちらの女であると思った。
要するに、一般人の女性に手を出したんじゃなく、有名どころの超人気遊女に入れあげて、それが二人も三人もいる状態。
しかも本人そういうことをしていたら微妙に気が狂っているきたらしく、言動がオカシクなりつつある(ように見える)。
「だから、俺がどんなに愛しても俺一人のものに出来る訳がないのが卯月と凛。清良もだけど。それに対して、俺が生涯かけて守りたくて、俺一人のものにしたいって思ってるのが征士なんだ。だから何にも問題がない」
当麻の中ではそういう棲み分けが出来ていたらしい。
うづりんのことに関しては、一緒にネット上や紙上で「渋谷なだけに」と渋谷パートナーシップで結婚式を挙げたオタク仲間に任せもいい部分はある。
だが、征士は俺だけのものだ。彼の事を任せていいのは俺だけだ!! の意気込みであるわけだった。
「問題ある!」
そこでついに悪奴弥守は本気で怒った声を立てた。
「むしろ、問題だらけだ。天空!」
「な、なんだよ。悪奴弥守。うづりんの尊さに文句あるとでも……」
「そんな女に、貢ぐな!! すぐに別れてこい!!」
悪奴弥守は彼の中の常識でそう怒鳴った。
「貢ぐな?」
当麻の脳内は回転が変な意味で速かった。彼は、この場合、貢ぐとは課金のことだと思った。要するに、嫁か嫁の実家が、もうこれ以上ゲームに課金するなガチャ引くなと、例の問題をやり始めたと思ったのだ。
悪奴弥守の方は結婚するなら風俗嬢に入れあげるなと言ったつもりだったが、当麻の方は自分が現在推してる真っ最中のゲームに課金するなと言われたのである。
「そんなこと出来る訳あるか!!!! 俺の金は俺の金だ!!!!」
「金!?」
古い価値観で生きてきた悪奴弥守にとって、男の金とは妻子を養い妻子を守るためにある。
「お前は何を考えているんだ。お前の金は光輪の金だろう!!」
極端な事を吠え始める悪奴弥守。当麻の頭にゲンコツ落として怒鳴ること怒鳴ること。
「中途半端な気持ちで光輪に近付くな! 男なら全財産を光輪に渡してから、命がけで光輪を守ると言ってみろ! そうでなければ、俺はお前を許さんぞ!!」
全財産を、征士に渡す……。
一応、貰った給料は妻が管理するという国が日本なわけだが……妖邪界にも似たような民法があるらしかった……。