伊達征士。
光輪のセイジ。
妖邪帝国の戦士・セイジ。
当麻の中で次々にそれらの事実がぐるぐる回る。
当麻として見れば、生身で妖邪界までやってくるほど大好きで、子供の時からずっと愛して背中を守ってきた征士である。
それをたかが死んだぐらいで盛大な葬式をあげる伊達の実家が信じられず、たかが死んだぐらいで征士をいなかったこととする現実が信じられず、思わず次元の壁を越えてしまったのだが。
そう。たかが死なれたぐらいで征士を諦める当麻ではなかった。
(くっそ……妖邪界に来るのに、一週間以上もタイムロス出した俺が悪いのか……? なんなんだ。妖邪になったぐらいで妖邪界にいなきゃならないなんて法律はないだろう!)
いや、ある。
勿論、ある。
1988~1989年まで侵略戦争をやって、それこそ当麻達トルーパーに敗北した妖邪帝国。滅多な事では人間界に行くのはやめましょう、という意味の法律は、ある。単にそれを当麻が知らないだけである。
「妖邪帝国の戦士っていったって、悪奴弥守。あんた、征士に何させる気だよ。俺も、妖邪帝国の事はよく知らないが……なんたって、あんたらがほとんど教えてくれないからな……征士に妙な真似をさせたりしたり、するんだっていうなら、俺も、みんなも黙ってないぞ」
当麻は威嚇するようにそう言い放った。
「俺が、光輪に、妙な真似をさせたりしたりすると思うのか、天空よ」
悪奴弥守の方は妙に余裕を感じさせる口ぶりでそう言った。
征士は二人の間が妙に険悪な事を感じ取り、一瞬、口をつぐんでしまっている。
「それは、わからない。妖邪帝国の事を、この二十年の間、あんたらは黙って秘密にしてきた。俺も知らない世界について、信用するもしないもない」
「……それはそうだ」
そこは大人しく悪奴弥守は引き下がった。
この二十二年間の間、悪奴弥守はわりと頻繁に人間界に降りていた方で、その理由は様々だったが一番多かったのは征士と会うためであった。
孝、礼、に限らず、鎧の宝珠は様々な力を秘めていた。誰が気づいたのかわからないが、鎧の宝珠を両手に持って思っている事を真剣に念じると、その言葉が相手の心に通じるのである。
一種のテレパシーのようなものだろう。鎧の宝珠を持っている者同士でだけ通じるテレパシー。
それは、人間界と妖邪界を隔てていてもそうであった。
また、鎧の宝珠を持った状態で、妖邪界、人間界問わずに神社や仏閣の中に入っていき、同じように思念をこめて宝珠を握ると、思い通りに、別の神社や仏閣、教会など宗教施設に移動する事が出来る。
宗教施設に限った事ではないが、移動先に、宗教施設が建っている事がやたらに多い。要するに、パワースポットである。力のあるパワースポットに神社や教会、仏閣が建設されている事は本当によくあることだ。
パワースポットでは次元の歪みが生じやすい。それを利用して、鎧の力を使えばテレポートすることが出来るのだ。
それがどういう仕組みになっているかは、当麻にも全て解明することは出来なかったが、鎧伝説は世界中にあることと何か関係があるのかもしれなかった。
そういうわけで、鎧の宝珠さえあれば他の宝珠の居場所をGPSのように突き止める事も出来るし、当麻が妖邪界から人間界に転移する事も不可能ではなかったわけである。
今までは一方的に、妖邪界の魔将達が人間界の方に訪れていた。人間界から妖邪でもないのに妖邪界に来たのは当麻が初めてである。
悪奴弥守は征士に呼ばれると、征士が可愛くてどうしようもなくてついつい用事を作って人間界に降りていた。かなり頻繁に。
その際、征士だけではなく当麻やナスティ、遼達と会う事も多かったのだが、人間界の流行や話題について話すだけで、妖邪界や妖邪帝国についてはほぼ何にも話さなかったのである。
当時、妖邪界で冒険をしたナスティや純がしつこく聞いてもダメだった。
(すまんな、話せないことだらけなのだ)と断るばかりで。
そりゃ、闇魔将といえば、妖邪界を統治する将軍の立場の訳で、侵略戦争を起こした敵方の人間界で、話せる事など何もなかったことだろう。今考えて見れば。
「俺は妖邪界の事も、妖邪の実態も何も知らない。だけど、征士が妖邪になったとしても、征士への気持ちは変わらない」
当麻は征士本人の前で断言した。
今更ながら征士ははっきりと赤くなった。彼にしては妙に狼狽えている表情で当麻の方を見る。
悪奴弥守はどうやら前から薄々勘づいていたらしく、動揺した様子は見せなかった。
元々は悪奴弥守は、征士が一人で孤独に生きていくのは反対で、可愛い嫁と子供に早く恵まれないかと心配し、悩んでいたのだが、そんなときに当麻が同居して何くれとなく征士の事に気を配り、味方しているのを見て
(天空が女だったら良かったのに……)
などと思う程度には、当麻の事を信頼していたのだった。そしてどうやら当麻が征士に懸想しているらしいと知っていた。
自分が闇魔将である以上、征士と生涯をともにすることは絶対に出来ないので、それなら当麻に任せようと勝手に判断していたぐらいなのである。
それだけに、うづりんのことは惜しかった。
(誰なのだ、ウヅリンとは。宇津鈴? 渦輪? どんな字を当てるのか知らんが、訳のわからん女二人ともめながら、光輪に手を出すなこのたわけ者! 光輪に被害が及んだらどうするのだ!!)
悪奴弥守は勝手に裏切られた気持ちになり、当麻に深刻に腹を立てていた。
そんなこと言ったって、うづりんとは、アニメやゲームに出てくるアイドルの女の子キャラのカップリングの略称である。当麻は本格的に、萌え豚的オタクなのだ。毎晩、征士の盗撮画像と一緒に、萌えキャラの絡み合いの画像をブルーライトをカットをしながら眺めて、デュフフデュフフ言っているのだ。
「と、当麻。私は……」
征士の方は、今更ながらに当麻の言っている事の重大性に気がつき始めたようだった。
最初は、妖邪界に妖邪になったわけでもない当麻がいることに驚いた事と、自分の葬式が盛大な火葬で行われた事に動揺していたのだが……。
どうやら、ここまで当麻が追いかけてきたのは、本当に自分と渋谷のパートナーシップ条例で、結婚式を挙げるつもりでいるためらしい。
葬式終わった後に、妖邪の征士と結婚式!!
いつもながら当麻の考える事は斬新過ぎて二の句が継げない。
そもそも、自分の戸籍は一体どういうことになってしまうのか。
IQ250もあれば、そこにある障害は何事も不可能でさえないということになるのだろうか……?
「征士。もう気づいていると思ってた。俺はお前ナシじゃ生きていけない。俺はお前の事が好きだ。頭の先からつま先まで、征士の事が大好きなんだ。愛しているってこういうことだと思う。だから、妖邪界から帰ってきて、俺と結婚して下さい。そして渋谷で仲良く暮らそう」
順番をかなりすっ飛ばしていた事に気がついた当麻は、アンダーギア姿のまま、熱心な口ぶりでまっすぐに征士を見つめながらそう言い切ったのだった。
「当麻……」
熱愛そのものを感じさせる当麻の言葉に、さすがの征士も視線を揺らがせる。
綺麗なラベンダー色の瞳を伏せて、かすかなため息をつく。いつもながら彼は輝くばかりの美しさと凜々しさで、とても41歳とは思えなかった。当麻の方もまだ十分若々しく、青春を感じさせる動作で征士にさらに迫った。
「OK出してくれ、征士。そうしたら俺はすぐに、お前の事を人間界に連れて帰る。戸籍だろうとなんだろうと、天空の名にかけて十分の事をして、お前と幸せになるんだ!」
「無理だ」
ところが征士はそう言った。
「お前の気持ちは嬉しい、当麻。本当に嬉しい。22年間、そんな気持ちで私といてくれたことに、感謝する。だが……」
征士の視線が悪奴弥守の方にうつる。悪奴弥守は厳しい表情で当麻を見ている。
幼い頃から、彼が恋してきたのは悪奴弥守だった。
「私にも好きな人がいるのだ」
41歳。
恋に悩める青春現役。
--そういうことになるらしい。