退魔師やってた光輪のセイジが妖邪界に転生した所

「ちょっと待て、天空。どういうことなのだ?」
 そこでようやく、悪奴弥守が台所にいる征士と当麻の方に近付いてきた。

 流石に話が混戦している事に気がついたのである。

「悪奴弥守、あんた……うん……」
 俺と征士の仲を邪魔するっていうのかー!? と言いたいところだろうが、何しろここは妖邪界。まして、聞けば、闇神殿管轄の地帯であるらしい。圧倒的なアウェーにおいて、当麻は突発的な宣戦布告はやめておいた。

「光輪とパートナーになりたいが、光輪はもう、葬式をあげてしまったということか?」
「そうだよ」
 当麻は事実を肯定した。
 すると悪奴弥守は、何とも言えずに悲しそうな顔で俯いた。
 やはり、可愛い光輪が、41歳で妖邪になったというのは辛いらしい。

「葬式……どうだった?」
「火葬」
 当麻はぼそっとそう言った。
 悪奴弥守は目を見開いた。
「火葬だったら、どうしようもない。光輪は、妖邪の体で生きていくしかない。それは、人間界においては、相当な負担がかかる……やめた方がいい」

「やめた方がいい!?」
 当麻はいきなり顔を上げて悪奴弥守の方に迫った。
「なんで闇魔将のあんたにそんなこと言われなきゃならないんだよ。これは、俺と征士の問題だ!」
「当麻、あまり興奮するな。落ち着け」

 悪奴弥守は、かみつかれるように当麻に言われ、一瞬、戸惑ったようだったが、やがて話し始めた。
「妖邪は、妖邪界においては、普通に息をしていられるし、食事も睡眠も会話も出来る。だが、人間界においては、何故かそうはいかない。今まで、妖邪界では無難だった妖邪が、人間界で騒動を起こしたことは何回もあるが、その都度、我々もどうしてそうなるのか考えてきた。……次元が違うのだ」
「次元?」
「我々、魔将達であっても、人間界にいると、疲れが早い。存在するだけで息が苦しくなるような重圧と消耗を感じる。それで、かつての戦いで、我々は、戦闘が有利であっても不利であっても、短時間しか人間界にとどまれなかった」

 猛威を振るった妖邪帝国……科学文明が太刀打ち出来なかった妖邪帝国が勝てなかった理由。
 それは、多くの妖邪が短時間しか、人間界にとどまれなかったからだ。
 それはどうやら、異世界であるということが原因であるらしい。

「無難のはずの妖邪達が、何故、気性が荒くなって、狂ったように人を襲い、煩悩を食べたがるのか……消耗が激しいからだろう」
 そして悪奴弥守は、当麻と征士から静かに視線をそらした。
 当麻と征士は、その意味を察して、お互いに顔を見合わせた。

 つまり、このまま人間界に帰れば、征士は、疲労と消耗の激しさに耐えきれず、他の妖邪のように人を襲う可能性があるということか。

「悪奴弥守、あんたっ……!!」
 言っていいことと悪いことがある、とでも言うように、当麻は悪奴弥守に食ってかかろうとした。
「待て、当麻。悪奴弥守が、私を妖邪にしたわけではない。そして、私は、人間界に帰ると言っていない」
「だけど征士っ!」
「……そんな盛大な葬式をあげたあと、間もないのに、いきなり帰るのは嫌だ」

「えっ!? 美味しくない!? みんなの反応見てみたくない!? 絶対、今なら一番美味しいポジション取れるよ!?」
「いや……美味しいとか美味しくないとか……ではなくて」
 征士はまた頭痛をこらえるような顔をした。

「葬式出した後のツッコミなんだから、こっちも強気に派手にいけば、誰もが認めるって。妖邪とか何とか関係ない、性別だって関係ないなら、種族だって関係ないだろ!! 時代はパートナーシップ、必要なのは愛だけだ。後は役所にやってもらおう!!」
「妖邪の戸籍を役所が作ってくれるのか?」
 戸籍を作って貰うのに数時間かかった昨日の今日だけに、征士は真顔でぼけた事を言っている。

「何でだよ征士。俺はこんなにお前の事を好きなのに。次元の壁を越えるぐらい好きなのに!!」
「そこは凄いと俺も思う」
 何故か悪奴弥守が素直に称賛した。

「あんたに認められたって。俺は征士に認められたいんだよっ」
 ついに当麻は子どものように駄々をこね始めた。

「そんなことを言われたって仕方ない、当麻。それよりもお前、これからどうするつもりなんだ。妖邪界まで来て
「だから俺は征士とパートナーシップで結婚したくてですね」
「それは当分……多分、ずっと無理だと思う……」
 征士はそう言って、珍しく歯切れの悪い語尾であった。
 悪奴弥守がここで、征士や当麻に対して嘘をつくという事はあり得ない。恐らく、妖邪帝国の方でも人間界に落ちていく妖邪の事は随分問題になっただろうし、研究もされただろう。
 その結果、はっきりしたことなのだ。

 本人達も、1988年の侵略戦争においては、色々実体験した事もありそうだし、真実味がある。

「征士が無理って言っても、俺はどうしたって、征士と人間界に帰りたい。征士がいない人間界になんて、いる意味がない! 征士が帰ってくるまで、俺はここにいる!」
「当麻」
 征士はため息をついた。
「妖邪界には、テレビやパソコンやスマホや即売会はないんだぞ」
「えっ」

 しばらく真っ白な沈黙があった。
 征士の前で当麻はどっと冷や汗を流し、凍り付いた表情のまま、心臓を高鳴らせ、落ち着きのない仕草でアンダーギアの両手をカタカタ言わせていた。

「……ないなら」
「ないなら?」
「作るまで!! 俺が、妖邪界で即売会を開いてやる!!」
「……」
「まずは即売会からだ。妖邪界にも紙はあるだろう。それに、能や歌舞伎はあると聞いている、それならその同人誌から始めよう。同人誌から逆流して、テレビを作り!!」
「どうやって」
「俺を舐めるな。IQ250、テレビの構造ぐらい把握している。テレビを作って、パソコンを作って、スマホを作って、人間界の文化の良さを妖邪達に分かって貰う!!」

「構造は分かったとしても、電気や部品の材料はどうするのだ」
 征士は細かいツッコミを入れた。
「よくわからんが、天空よ。お前は光輪に懸想して、我が物にしたいということか?」
 悪奴弥守の方は太いツッコミを入れた。

「そうだよ、悪奴弥守。悪いか? 悪奴弥守にはわからないだろうけど、俺と征士は、ずっと一緒だった。22年間、一緒に暮らしてきたんだ。もう夫婦も同然だ。今更、パートナーシップ条例なんてこそばゆいぐらいだ。だけど、そういうことをきちんとしておかなかったのは俺が悪い。葬式が来て、狼狽えたぐらいだからな。だからこれからは、ちゃんとする。征士を俺の嫁にして、俺は征士と幸せになる!」
「……うづりんとは誰の事だ」
 悪奴弥守は眉をひそめながらそう言った。

「へっ?」
「うづりんとは、誰だ? 女か?」
 天空は何を聞かれているかわからず、悪奴弥守の疑いの意味もわからなかったので、素直に答えた。
「いや、そりゃ女ですが……女の子らしい女の子ですよ?」
「……? 女、なんだな?」

 何しろアニメやゲームに詳しいはずがない悪奴弥守。
 ここで天空のトウマがヌケヌケと女の子らしい女の子、と誉めたりしたものだから、一気に機嫌が悪くなった。
 悪奴弥守から聞くと、先ほどから征士と当麻がもめていたのは、「うづりん」という女性のためなのである。
 うづりんという女性に当麻が手を出していて、それでもめている。
 もめるような女がいるのに?

(俺の可愛い光輪と男同士で結婚する???)

 妙に険悪な表情で自分を睨んでくる悪奴弥守に、当麻は自然と戦闘態勢になる。

「なんだよ。うづりんに、文句あるのか!」
 当麻にしてみれば、悪奴弥守は子どもの頃からの恋敵だ。
 人格的に好きか嫌いかはともかく、恋敵なのだ。
「ある」
 悪奴弥守はそれだけ言って沈黙した。
「なんだと! あの二人の良さを、少しでも知っているのかよ!」
「! ……二人?」
 悪奴弥守はまた、頭を右に傾けて、純粋な視線を当麻に当てた。
「二人?」
 征士の方も、つられてそう言った。当麻は自分の性癖について詳細を知らせる癖がないため、征士は、当麻がカップリングで燃えている事を知らなかったのである。

「あ、ああ。二人だけど。二人」
「…………」
 悪奴弥守はいよいよ文句を言いたくて仕方なくなってきた。正直のところ、夕べが夕べであるため、征士の本命は自分だという自信はある。
 そして、年齢や属性の問題から、当麻と征士が出来ていてもいいなという柔軟な姿勢もある。
 だが、当麻が、もめるような女を二人もいるというのに、征士と結婚させるのは、どうかと思った。

「天空」
「何」

「光輪は、既に妖邪界の妖邪になったのだ。既に戸籍も作り、家もある。これからは光輪は妖邪帝国の戦士として生きるのだ。お前の想いはよくわかったが、そこは納得して貰うしかない」
 何が嫌だったのかというと、もめる女二人連れてきたままプロポーズするなということである。
(俺の光輪に……)
 そういう気持ちも勿論あるのだった。

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