その後、伸と遼は、西鬼にボードゲームを教えてしばらく遊んでやった。その後、風呂に入れてやり、22:00前には清潔であたたかい布団の中に入れてやった。
西鬼は喜んでいた。はしゃぐというほどではなかったが、伸達が話しかけるとおおむね機嫌良く返事をし、ボードゲームも楽しんでいた。
桜の盆栽を枕元において、伸の用意した布団に入れば、西鬼はすぐに心地よい眠りに落ちていった。
日頃、何か悩んでいるような、ぼんやりした憂鬱な表情の多い西鬼だったが、大分明るくなった様子に、伸と遼の二人は大分安心した。
「僕たちが、少しでも西鬼の力になれていたらいいね。遼」
「……うん、そうだな、伸」
客間に西鬼を寝かせつけたあと、伸が遼にそう告げた。遼は、嬉しそうにそう返した。
客間のドアを閉めて、伸は遼を振り返って、彼の肩に手を触れた。
伸は遼に触れるだけのキスをした。
遼は黙ってそれに答え、唇に唇を押し返した。
その日はそれ以上はおあずけだった。だって、それは仕方のないことなのだ。今日は、西鬼が来てからずっと我慢していた、当麻と征士のための親切の日なのだから。
翌日。当麻は珍しく早く起きて、征士のベッドの中から抜け出た。
当然の結果として、征士は一人の時間を楽しむ余裕などなく、一晩中、当麻に快楽によって攻め立てられていたのだった。
久々にすっきりした顔で目覚めた当麻だったが、征士のモノとも自分のモノともつかない汗が体にこびりついていたため、まずは風呂に向かった。シャワーをざっと浴びた後、
キッチンに戻って、征士が作り置きしていた水出しの緑茶を冷蔵庫から取り出し、コップに注いだ。
冷えた緑茶を飲みながら、当麻は今日は何をしようか考えた。西鬼が戻ってくる訳だが、そろそろ本気で問題を解決しなければならない。
(西鬼、どうしているかな。伸や遼と、うまくやっているといいけど……)
時計を見ると、針が朝の六時を回ったばかりだった。いつもより随分早起きしてしまった。
ニュースを見るために、テレビのスイッチを入れ、手前のソファに座って、二杯目の緑茶をゆっくり飲みながら、画面を見つめた。いつもの朝のニュースが流れ始める。
桜のニュースだった。
関東で満開の時期が過ぎ、次第に桜前線が上昇していく事についてのニュースから、各地の花見の名所のニュースに繋がっていく。
”先週、酷い落雷のあった新宿御苑では、桜の枝が真っ二つに折れましたが、その後は何事もなく……”
「桜……?」
当麻は思わず口に出して繰り返した。
そのとき、いつもより一時間ほど遅く、征士が寝間着の浴衣姿で現れた。規則正しい生活をしている征士にしては珍しい。それだけ、昨夜は激しかったのだろう。
「おはよう、当麻」
「ああ、おはよう。……お茶飲むか?」
「いや、あとでいい」
征士は朝のランニングの日課をする余裕もないらしく、フラフラと風呂場に向かっていった。汗などを流し落とすのだろう。
征士がざっとシャワーを浴びている間に、花見のニュースが終わり、その間に当麻はキッチンに向かって手際よくパンを焼き始めた。自分だけではなく、征士の分も。
「桜か……どうするかな……」
これでもIQ250の天才は、パンにバターを塗りながら、西鬼の事を考え込んだ。
そうしていると、征士が風呂場から出てきた。シャワーを浴びた体に、ゆったりと浴衣を着流している。
「征士、朝まだだろ? たまに、パンはどうだ?」
「ああ、いただこう」
和食派の征士だが、当麻の気遣いは嬉しいらしく、そっと笑って朝食の席についた。
二人は食べながら西鬼について会話した。
「西鬼の事なんだけどさ」
「うん?」
当麻が話しかけると、征士は目を上げて彼を見た。
「そろそろ決着つけようぜ?」
「……ああ。私もそう思っていた」
「弱っている間は仕方ないが、伸の家にお泊まりにいけるぐらいまで回復したんなら、遠慮はなしでいいだろう」
そうなのだ。当麻が、今まで西鬼を甘やかしていたのは、あまりにも子どもが弱っていたから。元気になったのなら、妖邪なのか妖魔なのか、はっきりさせる必要がある。
「そうだな」
「征士は、西鬼を名前から言っても鬼じゃないかって言っていたけど……実際のところ、どうなんだ? 確かめて見ようぜ」
征士が頷いたので、当麻はそう尋ねて見た。征士は再び、しっかりと頷いた。
食事を終えた後、当麻はケータイを手に取って伸にメールをしてみた。
折り返しに伸から電話がかかってきた。
伸の話では、西鬼は元気で、今朝も普通に食事を摂ったようだった。だが、そのあと、相変わらず桜の盆栽から離れなくなったということだ。
「なんであんなに征士の盆栽から離れたがらないのか……僕も考える事があるんだけどね」
伸はため息交じりにそう言った。
「わかった。これからそっちにいく。征士連れて」
当麻はそう言って電話を切り、征士の方を見た。征士はというと、退魔師としての動きやすい和服に着替え、鎧の宝珠を携えて、完璧に仕事の空気に切り替えていた。
「行くか? 征士」
「ああ」
--などと緊張を迸らせても、所詮、マンションの隣の部屋に行くだけである。