「クロウラーの石を、何回ぐらい、イル・ボージャーに渡したんだ?」
セミ・ラフィーナの魅力に赤面しているフィグを見ていられず、カムがそんなふうに口を挟んだ。
「えっ……うん。3回ぐらい。装備品集めに、あちこち駆け回りながらだけど」
「3回!」
カムはその数字を繰り返した。
「多いですね」
セミ・ラフィーナはカムに向かって頷いた。
クロウラーを狩れば、必ず、石が手に入る訳ではない。石を持ったクロウラーを当てるまで、延々と狩らなければならないのだ。
それでもフィグは、既に3回、イル・ボージャーに石を3個ずつまとめて手渡しているらしい。カムとセミ・ラフィーナはそれぞれ、軽く驚いたようだった。
「随分、レベルが上がっただろう」
「えっと、今、レベル8」
「それを早く言いなさい。頑張ってるじゃない」
カムに尋ねられて、フィグは耳を落ち着きなく動かしながらそう答えた。それなりに緊張したのだ。
「それぐらい、レベルが上がっているのなら、そろそろ森の区のゲートに、ミッションを受けに行くといいかもね」
セミ・ラフィーナも、頑張っているフィグの顔を見ながらそう言った。
「ミッション?」
フィグはびっくりして目を見開いた。冒険に出始めたその日のうちに、ミッションの事を言われると思わなかった。
ミッションとは---
国家から自国の冒険者に発令される正式な任務。
任務の種類は、使者、捜索、討伐、調査、救出など非常に多様で、その内容もあえて冒険者に任せられるだけに込み入った事情のものが多い。
国家から信任を得た冒険者には相応の地位と装備が与えられ、より難しい重要な任務を課せられるようになる。
(公式サイト「ゲームシステム」より)
「わ、私なんかが、国のミッションを出来るの?」
フィグはまたしてもどもりがちになりながらカムとセミ・ラフィーナの顔を見比べた。
「出来ると思うわよ」
セミ・ラフィーナは力強い自信のある笑顔でそう言ってくれた。
だが、フィグの方は頭の上の耳を垂れさせながら、逆に自信なく、うつむいてしまう。
フィグはウィンダスという母国が大好きだ。魔法と緑にあふれかえったウィンダス連邦は、フィグにとっては誇りに思えるミスラの国でもある。勿論、タルタル達だっているけれど、フィグは、タルタルに対して難しい感情を抱えてはいなかった。
その大好きな母国のためにミッションを受けるというのは、冒険者として大事なことだと思うけど、だけど。もしも、失敗してしまったり、取り返しのつかないことをしてしまったらどうしよう。
駆け出しなだけに、そういう不安が心を駆け巡る。
「フィグは何年もの間、冒険者になるために、モンク道場で修行してきたんでしょう。そこでたくわえた実力をためすチャンスよ。そう思えば、恐くないはずよ。今まで努力してきた事は、本当だったんだから」
「……」
セミ・ラフィーナはやはり、後輩を勇気づけるためにそう言った。
フィグは、そういうことをセミ・ラフィーナが自分に言えるのは、実力に裏打ちされた自信があるからだと思った。
そういうセミ・ラフィーナを尊敬し、やはり眩しいような感情を御保田。
「そうだね。タグがいなくなってから10年……。その間、雨の日も風の日も負けずにガルカのモンクの道場に通ったんだ。それもこれも、立派な冒険者になって、タグを追いかけるため。ミッションの一つや二つ、どーんとこなせるようじゃなきゃ、タグには到底追いつかないよ、フィグ」
カム・ラーヴもそう言った。
フィグはそこまで言われると、なんだか、ミッションを受けないのは申し訳ない事のような気がしてきた。
セミ・ラフィーナの期待に背きたくないし、大体、カムの言うとおりだ。母であるタグ・ラーヴに追いつくくためには、他国を冒険しなければならないだろう。もしかしたら、前人未踏のオルジリア大陸まで、一人で行かなければならないかもしれないのだ。
すぐそこにある、森の区のゲートで出されるミッションぐらい、サクサクこなせなければ話にならない。
「わかったわ、カム。セミ・ラフィーナ様。私、ミッションを受けるわ」
「それがいいわ」
セミ・ラフィーナは安心したように微笑み、カム・ラーヴも頷いて、フィグのコップにトマトジュースを注ぎ足してくれた。
「奢らず、甘えず、頑張りなさい。お前なら、きっと、出来るから」
翌日の事だった。
フィグは、自分で買いそろえた拳法着に着替え、モンクの道場に朝練に行く事にした。
12年ほど前、バストゥークからはるばるウィンダスに、拳法を広めるために移住してきたガルカが開いた道場だ。ガルカの名前はゾルドフ。
気のいい酒飲みのガルカで、調理の高級職人でもある。
そのため、水の区の調理ギルドや音楽の森レストランにいる事が多いが、道場を持っているのは何故か森の区だった。
ミスラばかりの森の区に、体の大きなガルカが一人住まいの道場をかまえているのは、どうしても目立ったが、12年も経つと、誰も気にしないようになったらしい。
傭兵稼業が得意なミスラ達は、護身術を教えてくれたり、専門の拳を教えてくれる分には、何も問題を感じなかったということもある。健康のため、あるいは本気で拳を教えるために、子ミスラを連れてくる母親も多い。思いのほか、タルタル達も、半分は物珍しさで体が何倍も大きいガルカから、強力な拳を教わりたがった。
いつもの通り、早朝に、ランニングもかねて走りながら道場に向かうと、道場の門の前に、サーモンピンクの髪のミスラが立っている事に気がついた。
「……ツィム!?」
同期のツィム・ノマンゴを中心に、気の強そうな顔立ちのミスラ達が、殺気だった顔でフィグの方を睨んでいる。
フィグはスピードを落として、ゆっくりとツィムの方に、というよりも道場の門の方に歩いた。門をくぐらなければ、道場で朝練が出来ないではないか。
「ちょっと」
強気な口調で、ツィムが通り過ぎようとするフィグを呼び止めた。
「何」
「フィグ・ラーヴ。あんた、昨日、泥棒ミスラのナナー・ミーゴといちゃついていたんですって?」
「い、いちゃ……?」
「フィグが、泥棒ミスラの子分になったって、専らの噂よ。泥棒ミスラの子分が、神聖な道場に何の用なのよ!」
そう来たか、とフィグは内心、妙な納得の仕方をした。
サーモンピンクのおかっぱが可愛らしい、ツィム・ノマンゴは、同い年で、フィグと同じ時期からゾルドフ道場に通っている。明るくて強気で意外に面倒見のよいところもあり、女の子の友達が多い。
だが、フィグとはどうしてもそりが合わなかった。
理由は、ツィムは、セミ・ラフィーナの崇拝者の一人で、親の関係でセミ・ラフィーナと親しくしているフィグは「ずるい」のだそうだ。子どもの時からずっと喰ってかかられて、今ではちょっと嫌みを言われたぐらいでは何とも思わないのだが、なんといっても、泥棒ミスラの子分と言いがかりをつけられたのは、こたえた。
「私、ナナー・ミーゴといちゃついてなんかいないわよ。子分でもない」
フィグははっきりした口調で言い返した。
「でも、仲間が、森の区の門のところで泥棒ミスラと一緒にいたって言っているわよ」
「一人じゃないわ。二人も三人も、見かけた子がいるんだから!」
ツィムが言うと、ツィムの取り巻きの一人がそう援護射撃を開始した。
一緒にいたのは本当なので、フィグは黙ってしまった。どう言ったら誤解がとけるのだろう。
「あんた、ナナー・ミーゴと何をしていたのよ!」
苛々した様子でツィムがフィグにいつものように喰ってかかった。
「ナナー・ミーゴのグループに入るの?」
もう一人のミスラも不安そうな顔でフィグの方をうかがっている。それはそれでいやなのだろう。
森の区に大勢いる若いミスラは、いくつかのグループに分かれるが、特に、族長ペリイ・ヴァシャイと彼女にほど近いセミ・ラフィーナを崇めるグループが最大勢力だった。その次に大きなグループが、実際に、泥棒の子分の若いミスラを召し抱える、ナナー・ミーゴ。そのほかにも小さいグループはいくつかあるが、フィグはそのどこにも属していない。
本当は、セミ・ラフィーナを崇拝する、族長信奉グループに入りたいのだが、何しろ、その中心人物のツィムが、フィグの事をずるいと思って攻撃してくるため、入るに入れない。かといって、ナナー・ミーゴの子分になるのも、ペリイ・ヴァシャイの代からの縁を持っている彼女には出来ない。
それで、何ともいえずに、宙ぶらりんの位置づけで、冒険者生活をスタートしているのである。そういうわけで、彼女はどこのリンクパールも貰った事がなかった。
「私は、ナナー・ミーゴとは何の関係もないわ。ただ、1000ギル取られそうになっただけよ」
フィグは正直にそういうしかなかった。カムに間抜けと言われた事を思い出して、落ち込んだ。
「1000ギル取られそうになった?」
それを聞いて、ツィムは身を乗り出してきた。
「どういうことよ」
せかされたので、フィグは仕方なく、昨日あったことを正しくツィムに話すことにした。
「……何それ。もしかして、カツアゲってやつ??」
ツィムは、全く想定外の話を聞かされて、不思議そうな顔をしている。
「ナナー・ミーゴは、ギルを取ろうとして、フィグの体を触ったのね」
「体を触った??」
ナナー・ミーゴが懐に触れようとしたのは本当の事なので、フィグはびっくりした。ツィムの仲間達は、そこまで観察して見ていたらしい。
なるほど、それで、いちゃついてる! と騒いだのか。
「あんた鈍くさいから、そんな目に合うのよ。泥棒ミスラのナナー・ミーゴなんかにカツアゲされそうになるなんて、不憫なやつ。ださいわ!」
「フィグってダサ~い!」
ツィムのとりまきがそう声をあげ、彼女達は全員、弾けるように笑い出した。
「なーんだ、ナナー・ミーゴの子分になったわけじゃないのね。それなら、よかった。ぼーっとしてないで、さっさと道場に入りなさいよ。今日も、朝練は厳しいわよ」
笑ってすっきりしたツィムはずけずけした口調でそう言って、さっさととりまきを率いて、道場の中に入っていった。先ほどまで、自分が立ち塞がっていたくせに……。
フィグは呆れたが、ここで道場に入らない訳にもいかないので、ツィムの後ろからさっさと道場に入り、モンクの修行を真面目に始める事にした。
本当に、女子のこういう問題はこじらしたら面倒だとフィグも思う。
ツィム・ノマンゴも他のミスラも、セミ・ラフィーナについては王子様のように考えていて夢中で、四六時中そういう話をしている。
子どもの頃に、フィグに、セミ・ラフィーナのことを好きかどうかつっかかってきたのも、ツィムだった。それで、セミ・ラフィーナの事を好きと素直に答えると、
「なんでよー!」
と、怒られた。
仕方がないので、次に、セミ・ラフィーナの事を好きかとツィムに尋ねられた時に、嘘をついた。
「嫌いかも」
「なんでよー!」
そのときも、激怒を買って、口げんかどころか取っ組み合いの喧嘩になった。
好きと答えても、嫌いと答えても、怒られて喧嘩になるのなら、そんな質問はしないで欲しい。
まあ、自分も、守護戦士セミ・ラフィーナは強いかっこいいし、性格も良くて素敵だと思っているので、ツィムの気持ちもわからないでもないけれど。ツィムはきっと、セミ・ラフィーナに認められたい気持ちが強いのだと思う……。
どっちにしろ、オグビィの親友のモンク、ゾルドフから拳を教わっている同期がツィムな事はかわりはなく、毎日顔を合わせて、一緒に筋トレから型までルーチンを流した後は、組み手をやって、戦って、汗を流す。それが毎朝の事だった。
「……フィグ、あんたまた、筋肉ついて太ったわね」
その日、組み手でツィムに勝つと、彼女はそんなことを言い出した。
「鍛えているだけよ」
フィグはそう答えて受け流した。
「ふん!」
レベルが上がった分だけ、簡単にツィムに勝てるようになったフィグが、謙遜してそう答えると、ツィムは真っ赤になってそっぽを向いてしまった。
これでは、ツィムと仲良く出来るようになるのは相当先だと、フィグは思った。
彼女がリンクシェルに入れるのはいつの日か……。