はじまりのkizuna


 フィグ・ラーヴは、多くのミスラの娘のように、父の顔を知らない。それどころか、父の名前もよくわからないでいる。
 母の名前はタグ。タグ・ラーヴ。16年前に、ウィンダスの森の区で、17歳でフィグを産んだ。その前は、オルジリア大陸のガ・ナボ王国に住んでいたと、聞いている。カムも、本来ならガ・ナボ王国でそれなりの地位に就いていたらしい。カムは、昔の事はあまり話さない人だけど。

 他国で出産することとなったタグの身を案じた、同じラーヴ一族のカムが、産婆をしてくれた。タグは出産の後、しばらく体調を崩して伏せっていたため、カムはフィグの乳母のようなこともしたらしい。
 その流れでタグとカムは同じ家で一緒にフィグを育てるようになった。少なくとも、フィグが6歳になるまでは。

 フィグが6歳の時、即ち、タグが23歳の時。
 タグは、

「オルジリアを守るために、旅に出る」
 そう言い残して、本当に、旅に出てしまった。その後、2~3年の間は、カムとフィグあてそれぞれに、手紙が来ていたが、そのうちそれも来なくなった。
 最初のうち、フィグは何がなんだかわからなかった。
 母のタグは何があって、何のために、旅に出てしまったのだろう。今はどこにいるのだろう。何を考えているのだろう。フィグの事を考えてくれているのだろうか?

 そこで、フィグがカムに何度も質問すると、カムはこう言った。

「タグは、冒険者になったんだよ。フィグ。冒険の旅に出たら、簡単には帰ってこられないんだ」
「冒険者……?」

 冒険者のことなら、フィグはいくつか、知っている事があった。
 冒険者はならず者のようで、違う。冒険者は真に自由な存在で、自分の正義のため、自分の願いのため、戦いの旅を繰り返し続ける。そういうようなことを、フィグは既に知っていた。

 母はそういう、自由で孤独な気高い存在だったのだ。
 そのことに気づいてフィグは凄く驚きもしたし、憧れもした。フィグは、元から、物語の中に出てくるような英雄や冒険者が好きだった。

(私は冒険者の娘なんだ……おかあさんは、冒険者だったんだ)
 それから、フィグは、自分も冒険の旅に出たいと、養母のカムに何度かねだった。そのときは、10歳にもならなかったのだけれど。
 当然、カムはフィグを冒険に出したりはしてくれなかった。それよりも真面目に、水野区の魔法学校へ行けとすすめた。
 フィグは魔法学校にも通ったが、同じく、その頃ウィンダスに出来たモンクの道場に通うようになった。

 道場に住むガルカは高名なオグビィの親友だという話で、本当に腕の立つモンクで教え方もうまかった。名前はゾルドフ。フィグは、ゾルドフの指導でめきめきと成長していった。
 それでも、カムは簡単にはフィグをサルタバルタに出したり、冒険に出したりはしなかった。カムは、16歳になったら、フィグが冒険を始めてもいいと、そう言った。

 フィグはこの秋で16歳になり、早速、サルタバルタに出た。そこで、毎日のようにララブやマンドラゴラを追いかけ、クロウラーを狩り、コツコツとギルをためて、色々なアイテムをそろえ始めた所であった。

 フィグが冒険者になった目的は、簡単である。
 母の行方を捜すためだ。
「オルジリアを守るために旅に出る」

 オルジリアとは、ガ・ナボ王国のあるミスラの本国である。そこに、母はいるのだろうか?
 いずれにしろ、10年もの間、家を離れて、母は自国を守るための旅をしている……のだと、思う。
 他に、何かの理由があって、旅を繰り返している可能性もある。

 だが、フィグは、母は自分に嘘をついていないと思っていた。

「フィグ」
 タグ・ラーヴは、黒髪の自分とは違う金髪のミスラだった。頭の上には自分とそっくりの猫耳がはえていたけれど。
 旅に出る朝に、タグ・ラーヴはフィグの猫耳を撫でて、苦笑いをしていた。

「このピアス、似合わないかもしれない……どうしよう」
 双子石のピアスだった。
「フィグを、里子には出さないけれど、似たような事になってしまうからね。ピアスを買ったんだけど、……フィグは痛いの嫌だよね」

 正直な人だった。フィグが耳に穴を開けるのは嫌がるだろうと思ったら、そうする人だった。タグは、フィグにピアス穴を開けさせなかった。ただ、大切にとっておいてね、と言った。

「大切にとっておいてね、フィグ。これ、私とおそろいだからね」
 甘く優しい声。
 フィグが双子石のピアスが似合うか似合わないかと言ったら、母は本当に、似合いそうもないと思ったのだろう。だから、そう言った。

「フィグ。必ずまた会えるから、今は泣かないで。フィグ、私はオルジリアを守るために旅に出るけれど、フィグの事は絶対忘れないからね。フィグとはまた、絶対絶対、また会えるから」

「おかあさん……?」
 そのときには、フィグは、どういうことかわからなかったのだ。母はまだ、23歳だった。もう、23歳だったのかもしれないけれど。

「約束。絶対、会えるからね。いい子、フィグ。私の娘--」

 そう言ってタグは深くフィグを胸に抱きしめた。ぎゅっと強く抱きしめて、頬ずりしたのだった。フィグはなんだかわからなかったけれど、甘いいい匂いのする母に抱きしめられるのが嬉しくて、自分もぎゅっとタグに抱きついた。

 タグが旅立ったのは、その直後。
 フィグは、タグは嘘をついていないと思う。

 タグははっきり言うところはあったけれど、毒舌ではなかったし、娘に向かってピアスが似合わないなんて言う性格ではなかった。本当に似合いそうもないからそう言ったのだ。そして、里子に出す時には必ず双子石のピアスを渡すミスラの絆。小さい時に、耳に穴を開ける子ミスラは多い。それでも、フィグが痛がるだろうと思ったら、自分の正直な心に従って、フィグにピアスをさせなかった。大事にとっておけと、ピアスの石を渡しただけだった。

 そういうことの一つ一つを根拠にして、フィグはタグが、故郷を守るために何かの事情があって、10年前に自分をカムのところにおいて、旅立ったのだと思った。

 そして、母に会いたかった。猛烈に、会いたかった。

 だが、母は簡単に会いに来てくれそうにもない。それならどうすればいいか。
 そこで、フィグは、元々、物語の中で憧れていた冒険者に、自分がなろうと考えたのである。

 カムが補則するには、フィグはピアスが似合わないということはない、だが本当にそのときはタグはそう思っのだろう、ということだった。
 ミスラの伝統では、子ミスラは物心もつかないうちに、双子石のピアスを渡されて、里親のところにやられてしまう。タグも、そういうミスラの一人だった。
 それで切ない思いをした事も何度もあっただろうタグは、本当は、双子石のピアスをフィグに渡したくなかったのだ。それで思わず、似合わないかも知れない、と口走ったのだろうと、カムは考察している。
「フィグ、あんたは、ピアスやイヤリング似合わないなんてことはちっともないよ。可愛いよ。娘時代に着飾らないなんて、損することはないからね」
 そんなふうに締めくくった。

 この世界、ヴァナ・ディールのいずこかで、果敢に冒険を繰り返している母。その母を探し出し、出来るなら、自分も冒険に連れて行ってくれと頼み込むのが、フィグの願いである。
 母がどうして、10年前に、ろくな説明もせずいなくなったのか、その理由も知りたかったのだった。
 カム・ラーヴは、フィグよりはいくらか、タグについて知ってる事もあるらしいが、なかなか話してくれそうもない。
 カムが話してくれるようになるには、フィグはもっと実力をつけて、評判の良い冒険者になるしかなさそうだった。

 そういうわけで、やっと16歳になったフィグは、朝からせっせとサルタバルタでララブを追い回し、マンドラゴラを追い回し、蜂を追い回し、クロウラーを追い回して、レベルを上げていたところなのである。

 そして門の周りで、ナナー・ミーゴに捕まって、危うく1000ギルを授業料に取られてしまうところだったのだ。

「タルタルの子達には感謝だね。コーロラコロだろ? いつも、港の倉庫で遊んでいる子達だ」
「そうなの? カム」
「スターオニオンズ団といったら、そうだよ」

 お茶がわりにトマトジュースを飲みながら、フィグは二人の先輩ミスラと話し込んでいる。
 カムは、やれやれとため息をつきながら、フィグに向かった。
「ナナー・ミーゴにも困ったものだけど、世間にはどんなミスラやどんなタルタルがいるかわかったものじゃないんだ。ぼーっとして、人通りの多いところをうろついているから、ナナー・ミーゴの目に入ったんだろう。シャキッとして、隙のないようにしてなさい」
「そ、それって、どうすればいいの? カム」
 フィグは困ってしまった。自分としては、ごく普通に門から森の区に入って、そのままミスラの居住区の方に右の道に抜けようとしたのである。

「もっと、賢そうな顔をするんだよ」
「! ひどい、カム。私がどんな顔をしているっていうの!!」
 あっさりとそう言ったカムに、フィグは思わず抗議をした。

「言ったままだけど?」
 産婆をした時からの古い仲のカムは、フィグに対して容赦がなかった。フィグはまさか自分で賢そうな顔をしているとは言えず、へどもどしながら抗議の言葉を探す。
「わ、私が間抜けな顔をしているって言うの……?」
 カムはにやにや笑うばかりで何も言わない。

「まあ、まあ」
 そこでようやく、セミ・ラフィーナが仲裁に入った。
 義理の親子の間に入り、カムに言う。
「フィグが世間についてあんまり知らないということが、心配だから、隙を作らないで欲しいって言うことでしょう。冒険の旅に出れば、いつでも、仲間や親切な善人が庇ってくれる訳ではないですからね。フィグにしっかり者になって欲しいだけなのは、伝わってますよ」
「そうなのよ」
 思わず、と言ったように、カムは大きく頷いた。

 カムが自分の事を本当に心配しているのだと気づいて、フィグは怒るのをやめて、項垂れた。そりゃ、冒険初日に、有り金全部巻き上げられそうになって、ちっちゃいタルタルの男の子に助けられていては、世話はない。

「わかった。私、もっと頑張る」
「最初から何でも出来る人はいない、フィグは十分頑張っているわ。あんまり自分を責めてはだめ。でも、甘やかしてもだめよ」
 セミ・ラフィーナは守護戦士らしくそう言った。
 しおしおと項垂れていたフィグはようやく顔をあげて、セミ・ラフィーナを見上げた。

 銀髪の凜々しいウィンダスの守護戦士。ペリイ・ヴァシャイ様と何か関係があるんじゃないかと、噂されているほどの方だけど……。

「私、そんなに、変な顔をしてますか?」
 ナナー・ミーゴにも目をつけられるような間抜け面なのだろうかと気になって、そんなことを聞いてしまうフィグであった。

 フィグは黒髪を後ろで一つに束ねているミスラである。
 焦げ茶色の髪、大人しそうな顔。確かに、多くのミスラの持っている、派手な顔のアザなどはない。まずまず元気そうで、健康そうな顔をしていると言われて育った。

「フィグは、可愛いよ」
 セミ・ラフィーナは真面目な顔でそう言った。
 隣の席から彼女にそんなふうに、真剣な顔で見つめられて言われると、フィグは戸惑ってしまう。質問したのは自分なのに。

「黒髪もさらさらしているし、耳もピンと立っている。目もくりっとしていて大きいし、私はフィグの顔を間抜けだなんて思ってない。可愛いと思う」
「……! そ、んな」
 憧れているセミ・ラフィーナにそう言われ、フィグは真っ赤になって今にも気絶しそうな表情になった。こんなことを言われているところを、同じ若いミスラ達に聞かれたら、どうしよう。

 勿論、セミ・ラフィーナは、若いミスラに自信をつけさせるようにそう言ったのである。先ほどの、カムの言い様も酷かったし。
 嘘をついた訳ではないだろうが、多少は持ち上げる部分もあっただろう。

「冒険の時に隙のない態度を取るっていうのは、見かけによるところも大きいけれど、フィグは若いから舐められやすいのかもね。カムの言う通り、表で、あんまり、落ち着きない行動を取らない方がいいかもしれないね」

 しっかりとセミ・ラフィーナは言うべきを言った。それを聞いて、フィグは頭を冷やした。いずれ、自分の顔が間抜けな顔や変な顔かどうかはともかく、有名な泥棒ミスラに目をつけられるような行動を取ったのは、自分なのだ。
 往来でぼーっとしたり、落ち着きのない挙動不審な行動をするのは本当にやめようと思った。

「はい、そうします」
 決意の表情のフィグ・ラーヴ。
 カムに心配かけたくないし、セミ・ラフィーナに可哀相な子かも、と思われたくなかった。


wavebox


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