はじまりの絆


 嘘をつく事は悪い事だし、嘘をつく輩は大嫌いだ。だが、人は必要に応じて、嘘をつかなければならない時もある。

 特に相手が名だたる泥棒だったら、どうだろう。嘘つきは泥棒の始まりだという。ならば、名の知れた泥棒は、それこそ嘘の塊で嘘をつくプロフェッショナルではなかろうか。その泥棒に、嘘をついたって、かまわないーーと思うし、かまわないかもしれない。

 そういうわけで、名だたる泥棒ミスラ、ナナー・ミーゴの前で、ひよっこ冒険者フィグ・ラーヴ……彼女もまたミスラである……は冷や汗を流しながら立ち尽くしていた。フィグは、なるべく、ナナー・ミーゴに自分の事を知られたくないのである。

「なあに、あなた。なんでそんなとこで立ち止まってるのぉ?」
 気だるい感じの妖艶なミスラは、いぶかしげな視線をフィグに送っている。ナナー・ミーゴの視界に入らないように気を遣って生きてきたフィグは凍り付いてろくに声も出ない。東サルタバルタからまっすぐに戻ってきて、森の区の門をくぐり抜けた途端に、正しく出会い頭にナナー・ミーゴに遭遇してしまったのだ。

(あんた、何?)
 ナナー・ミーゴは、言外にそういう圧力をこめてフィグを見つめている。森の区にいるミスラの女の子で、ナナー・ミーゴが把握していない者は基本的にはいないだろう。なるべく周りと波風立てず、人と調和する事を重んじて、16年間生きてきたフィグのような気にしいでもない限り。

「私、冒険者で……」
 とはいえ。結局、泥棒ミスラから向けられた圧力ある視線に負けて、フィグはやっと蚊の鳴くような声でそう言った。

「ふーん、冒険者なのぉ? そういわれてみれば、そう見えないこともないけど……」
 ナナーは更にじろじろとフィグを見つめ、何とか彼女に関する記憶を掘り返そうとしているらしい。自分が把握しきっているはずの森の区のミスラに、こんな娘いたっけ? と顔にかいてある。

「あ、わかっちゃったわぁ。あなた、今日初めてウィンダスに来たんでしょ?」
 結局、ナナーはそう結論づけた。フィグを初対面のミスラだと思ったのだ。フィグは確かに、ナナーに挨拶するのは初めてだった。

「ウィンダスは初めて?」

「その通り……です」
 フィグは罪のない嘘をついた。
 罪がないと、本人はそう思っていた。冷や汗をかきながら、引きつった笑顔を泥棒ミスラに向ける。
 するとへらへらとナナーは笑い始めた。

「それじゃあ、ヨウコソ、平和な国ウィンダスへ~。平和にフヌケたのろまな人は大歓迎よぉ」
 自国のことをそんなふうに言う。
 フィグは微妙にカチンときたが、ここでナナーと喧嘩しても仕方ないので、曖昧に笑って見せた。
 それを有効の印と見なしたナナーは、調子に乗った笑顔で話しかけてきた。

「……で、んーと? あなた、これから、どこ行くつもりなのぉ? ここウィンダスに、何でやってきたのぉ?」
 随分好奇心が旺盛で、なれなれしい泥棒ミスラだ。
 フィグの方に身を乗り出して、くんくんと匂いをかぐような仕草をしながら、色々と尋ねてくる。
 フィグはさらに引きつった。
 知られちゃまずいことだらけだ。それで、フィグはとぼけてみせた。

「ここはどこ? わたしはダレ?」
 何にもわからないふりをした。勿論、それぐらいは理解している。
 何しろ、フィグはウィンダス森の区生まれのウィンダス森の区育ちの冒険者。自分の年齢も名前も親も師匠も、星座だってわかってる。だが、そう言わざるを得なかったのだ。

「んー。右も左もわからないって感じなのぉ? かわいそおねぇ」
 ナナーは残念そうなため息をついた。
 それから、親切にもウィンダスについての説明を開始した。

「ここは、ウィンダスの森の区。ウィンダスには4つの区があって、ここはそのうちの
一番、東の区なのよぉ。この広場を中心にして、話をしていくわねぇ」
 ナナーはフィグに寄り添って立つと広場を見回した。
「まず、この広場から南へ行くと、職人の店がたくさんあるわぁ。タルタルたちが得意な
織工ギルドや、ミスラの得意な骨工ギルドがウィンダスでの目玉だわねぇ」
 勿論、フィグはそんなことは知っている。近いうちに、職工ギルドとは徒弟の契約を結ぶつもりだし。

「次に広場から北の方へ行くと、ダルメル牧場やチョコボ厩舎があって自然の香りでいっぱいになるわぁ。 ミスラの家に混じって薬屋なんかもあるわぁ。そして南に行けば、
競売所まであるのよぉ?」
 フィグは一つ頷いた。競売で高額やりとり、してみたい。するとナナーはさらに気を良くして次々に話し始めた。
「森の区は、他の区に比べたらタルタルたちの建物はぜんぜんないけど5つの院の1つ……手の院ならそこよぉ。あの高台にある建物が、手の院のカーディアン工房。あそこで
カーディアンの兵士たちが作り出されてるのよぉ」
 などと、アプルルのいる手の院の方を指さしてみたり手を振ってみたり。
 フィグは素直に頷いた。

「……そして最後に、広場から西へ行くと、ウィンダス居住区に出るわぁ。: ウィンダスの国民になったなら、ウィンダス居住区にあるモグハウスが使えるのぉ。 詳しいことは、
居住区のガードに聞けば教えてくれるから、近くまで行ったら、話を聞いてみてねぇ」
 モグハウスの手続きはまだ取っていない。今日の内にも取ってしまおうか、などとフィグは考えていたが、そうこうするうちに、ナナー・ミーゴは満面の笑みでフィグに迫ってきた。

「んーと、こんな感じで、だいたいわかったでしょお?」

「あ、……はい」
 勢いにのせられて頷いてしまうフィグ。
「あたし、ナナー・ミーゴ先生のウィンダス教室はおわり。授業料は1000ギルにまけといてあげるわぁ。さっさと払ってぇ?」
「!!」
 それがやりたいことだったのかとフィグは驚く。
 だが、考えて見れば、ナナー・ミーゴが親切に、おのぼりさんに説明したり案内したりする理由は他にはない。
 どうする? ここで事を荒立てて、シーフの女神、ナナー・ミーゴに目をつけられるようなことをするか?
 それとも、ナナー・ミーゴには適度にごまをすっておき、1000ギルを通行料金だと思って払っておくか?

 真夏でもないのに嫌な汗をかきながらフィグは考え込む。

「さっさと払ってぇ?」
 きっと大事な事なのだろう。ナナー・ミーゴは二度言った。

「……いやだ」
 なけなしの1000ギルだ。払おうといったって、フィグの財布には最初から1000ギルしか入っていない。全財産をまきあげられるわけには、いかない。

「なぁに? ここまで親切にあたしに説明させて、なんのお礼もできないのぉ? 冒険者のマナーを知らないのぉ?」
 当然、ナナー・ミーゴは苛立ちを隠さずにフィグに詰め寄ってきた。
「ちょっと、懐の中身を見せてみなさいよぉ」
 そう言って、本当にフィグの体に触ろうとしてくる。森の区ではどこでも見かけるミスラセパレーツに直接触れて……。

「こら~!」
 そのとき、勇敢なタルタルの少年の怒声が響き渡った。
「ナナー・ミーゴ! また旅人をおどして、ギルをまきあげようとしてただろ?  そういうことをすると、俺たち”スターオニオンズ団”が黙っちゃいないぜ!」

 フィグはびっくりしてタルタルの少年達を見た。
 正義の怒りに燃える少年達は次々にビシ!! と正義のポーズを決めていく。

「あーあ、またぁ? お子さまのくせに、しっつこいのよぉ……」
 ナナー・ミーゴは長々と気だるく色っぽいため息をついた。
「しょうがないわぁ。今回の授業は、ここまでねぇ。つづきはまた今度ねぇ。そのときは、ちゃんと授業料を払ってよぉ?」
 そして華麗にひらりっと身を翻し、タルタル達には到底追いつかない逃げ足でその場を駆け去って行った。

「あ、逃がさないぞ! まて~!」
 スターオニオンズ団のリーダーの少年が叫び、必死にナナー・ミーゴを追いかける。
「まてまて~!」
 仲間も一緒だ。

 そして一人、残った仲間の少年が、フィグに本当の親切心から、ガードのカーディアンの情報を教えてくれた。
 勿論、フィグは知っていたけれど、少年の親切には微笑んでお礼を言ったのだった。



 森の区のミスラの居住区。
 連なる南国風の家並み。その中の一つに、フィグ・ラーヴが母親代わりのカム・ラーヴに育ててもらった家がある。

「ただいま~」
 やっとの思いで、自宅に帰ったフィグは、そのまま居間に駆け込み、カムに話を聞いてもらおうとした。ナナー・ミーゴに1000ギル取られそうになったのだ。カムはナナーの事は嫌いではないが好きでもないので、話は全部聞いてもらえるだろう。

「ねえ、聞いてよ、カム!私、さっき門でね……」
「おかえり、フィグ。お客様が来ているよ」
 それなりの年齢ではあるがミスラらしいしなやかな美しさを持つカムは、笑いながら帰ってきた娘が元気よく話し出すのをさえぎった。

「え? ……あ、セミ・ラフィーナ様!」
 フィグは大好きなウィンダスの守護戦士の事を見いだして、思わず声をあげた。
 セミ・ラフィーナはいつものクローク姿で、ミスラ式住居の居間のテーブルについていた。そのすぐ前に、カム・ラーヴがいて、絞りたてのミスラントマトのジュースをセミ・ラフィーナにすすめているところだった。

「おかえりなさい、フィグ。今日は、道場に行ってきたの?」
「あ、あのっ、そのっ」
 フィグは真っ赤になって言葉に詰まってしまう。セミ・ラフィーナの存在は全くの不意打ちだったため、緊張してしまって、順番に言葉が出てこないのだ。
 幼い頃から、セミ・ラフィーナはフィグ・ラーヴの憧れの存在だった。それは、ペリイ・ヴァシャイが身近であるこの森の区の若いミスラだったら、大体、そうなのだけれど。
 勿論、それはフィグの思い込みなのかもしれないが。

「わ、私--」
 赤くなって、セミ・ラフィーナの前でどもってしまうことで益々赤くなるフィグ。

「落ち着きなさい、フィグ。ほら、これを飲んでみて。セミ・ラフィーナ様はね、族長様への天の塔からのお使いのついでに、こちらに寄ってくれたのだよ。先のオズトロヤの戦いでの、慰霊の日が近いからね。そのときには、ミスラは皆、戦死者に祈りを捧げる儀式があるんだ。お前も出るんだよ、フィグ」
 そう言って、カムは、トマトジュースのカップをフィグに手渡してくれた。フィグは、深呼吸してからトマトジュースを一口飲み、それでやっと落ち着きを取り戻した。

「天の塔から、ペリイ・ヴァシャイ様に、慰霊の儀式の事で何か……?」
「いや、例年と同じ。確認事項がいくつかあっただけ。フィグが気にするような事はなにもないよ」
「はい」

 なるほど、そういうことか、と、フィグは納得した。
 先の大戦では大勢のミスラの傭兵が亡くなっている。特に、オズトロヤ城では激しい戦いが行われた。それで、毎年11月に、慰霊の儀式が森の区では行われている。そのための準備についての確認などがあったのだろう。

 ミスラの傭兵が亡くなっただけではない。
 フィグの養母、カム・ラーヴが視力を失うきっかけとなったのが、オズトロヤ城の戦いだったと、フィグは聞いている。
 カム・ラーヴは、オズトロヤ城の決戦に、ペリイ・ヴァシャイの指揮に従って突撃し、そこであまたの敵の首級をあげたが、その際に、ヤグードから両目に攻撃を受けた。その場はケアルで対処したが、その後、何年もかけてじわじわとカム・ラーヴの視力は下がっていった。

 元は、ペリイ・ヴァシャイの片腕となるほどの狩人だったのだが、矢が思うように的に当たらなくなり、現在は狩人は引退して、森の区の子ミスラ達相手の保育園をして、食べていっている。

 現在でも、ペリイ・ヴァシャイの信頼は厚く、カム・ラーヴもペリイ・ヴァシャイの事は相変わらず尊敬している--視力を失ってからも、族長として仕事を続けられる彼女を尊敬せずにはいられないのだ。
 そういう関係なので、何かとゆかりの深いセミ・ラフィーナはフィグが幼い頃から、何かのおりにはカムの家を訪れる事が多く、そのことはフィグの自慢の種でもあるが、悩みの種でもあるのであった。

 何しろ、ペリイ・ヴァシャイもセミ・ラフィーナもミスラにとっては憧れの対象で、その両方と関係が深いというのは、諸刃の剣なのである。

「フィグは冒険者を目指しているのでしょう。今日もしっかり、修行をしてきたの?」
 セミ・ラフィーナは微笑みながらそう尋ねてくれた。
 フィグ・ラーヴも、やっと礼儀正しくも素直な笑顔になることが出来た。

「道場で、朝練はしてきました。そのあとは、東サルタバルタで、クロウラーを」
「ああ、クロウラーの石を集めていたのね。それなら、フィグのお小遣い稼ぎにはちょうどいいわね」
 セミ・ラフィーナは、森の区への使者に立てられる事が多い。そのため、自然と、森の区のミスラの動向の事には詳しくなってしまっていた。イル・ボージャーの事も知っている。
「はい。最近は、三個必ず集めてから、家に帰るようにしてるんです」
 そうやって、やっと稼ぎが600ギルだ。二回で1200ギル。そのあと、色々と必要な装備を薬品をそろえて……。そうやって作った1000ギルを、ナナー・ミーゴに取られそうになったのだと、今更フィグは気がついた。

「……」
「どうしたの?」
 複雑な表情になったフィグを見て、カムがトマトジュースをすすりながら話しかけてきた。フィグは、先ほど、門で出会ったナナー・ミーゴに1000ギル取られそうになったことを素直に話した。

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