--スライム出現警報、スライム出現警報--
澄琉の左腕にあるシューター専用のベルにその文字が浮かび、喧しく点滅する。それは、太古の時代の地球で一時期流行った、ポケットベルに酷似していた。
続いてベルの画面に出現する位置と時刻、わかっている範囲の情報が流れる。
それは澄琉がシューターの試験に合格した時に配布されたもので、他者には絶対錠としたりしてはならないとされている。シューターの免許を持っている者だけが持てる特権なのだ。
都市にもよるだろうが……学園都市ククルカンに、スライムが侵入して暴れる事など、そうそうない。三年か四年に一回がせいぜいだ。今回の警報には、ククルカン中のシューターが驚いている事だろう。
澄琉はベルを腕時計用のベルトで左腕に固定していた。さらに、体にたすき掛けに大きなベルトを引っかけており、そこに何やら重要な道具をたくさん詰め込んでいるようだった。
シューター。
何故、スライム退治専用の業者達がそう呼ばれるのかというと、答えは簡単である。
スライムはネバネバした粘液の塊で、近接の物理攻撃がほとんど効かない。迂闊に近寄れば、その硫酸のような粘液に溶かされ、捕食されてしまう。
それならばどうするかというと、文明の利器を片っ端から遠隔から投げつけて、燃やし尽くすか凍らせるか電気で分解させるのである。あと、遠隔で穴を掘ってそこに追い込み産めるという方法もある。
遠隔から撃つので”射撃手シューター
生身の人間が近付いていっては、到底勝てる相手ではない。
つまり、澄琉がたすきがけに体に引っかけているベルトには、対スライム用の遠隔武器や防御のためのアイテム、それに薬品が詰め込まれているのであった。
紫雨も大体それぐらいのことは予想して、バス停の中に隠れながら固唾を飲んで澄琉を見守った。
(この大きさだったら、爆弾を使いたいところだが、近くで自動車が事故を起こしている……万が一、車を巻き込んで炎上させる事があったらヤバいな。やはり、電気分解で行くか……)
更に鉄串……通称招雷針を構えて、澄琉は投擲に一番いい距離を取ろうとした。
豪雨の中、不気味にうごめくスライムは、澄琉のことも食い尽くしたいと思っているのだろう。蠢きながらまだまだマンホールの中から出てくる始末である。
大型、小型……大小のスライムがマンホール伝いに大学前の広い舗道と車道に広がっていく。
新しく舗装されたばかりのアスファルトは既にスライムの粘液でボロボロに砕け始めていた。足場が悪くなる。
それでも澄琉は同様しない。戦闘において一番大事なものは、平常心だ。冷静さを失っては、勝てる戦いも勝てなくなってしまう。
澄琉は自分の腕前に自信があったし、同時に、ククルカン中のシューターの仲間達が、血相を変えてこの場に飛び込んでくる事にも自信があった。
シューター達の背景は意外にも、仕事で一攫千金大当たりを出したいと言う情熱と同じぐらい、スライムに家族や友人を喰われた事への怨念が強い。もしも、ククルカンの中で悲惨な犠牲者が出たとしたら、それを屈辱と感じ、即座に復讐へ燃え上がるだろう。
そういうわけで、澄琉は相手の数などものともせずに、冷静に、招雷針を立て続けにご本、一番手前のスライムにぶちこんだ。
避雷針のように周囲の電気を集めて輝く招雷針。
その紫に飛び散る電流が、次々とスライムを内部から焼け焦げさせていく。ゼリーのように溶けていくスライム、そして異臭。
ゴゴゴ……と震えるスライムはのたうちながら、硫酸を含む粘液をその場に吐き散らかした。
だがそのために、元々十分に距離は取ってある。
それでも後ろに飛び下がりながら、澄琉は次々に、招雷針を前方のスライムに打ち込んだ。
そのスライムの前に出てこようとする大型小型のスライムも、招雷針をあらかじめ地面に打ち込み、電流を流しているため、迂闊に前進出来なくなっている。
そのことに苛立ったのか、スライム達は醜悪で危険な粘液を、あちこちに吐き散らかし始めた。相当苛立っているらしい。
大学のコンクリート塀に、車道に、車道で動けなくなっている自動車達に、情け容赦なく硫酸と毒物で出来た粘液を飛び散らせまくる。
「くっ……」
距離を取っている澄琉にも危険な状態で、澄琉は一瞬、バス停の中の紫雨を見た。
紫雨は震えながら、祈るように手を合わせてこちらを見ていた。
粘液が飛び散り、無事だったはずの自動車の窓が溶かされ壊される。
「出て! 逃げて!!」
澄琉は咄嗟にそう叫んだ。
だが、スライムに怯えた車内の人々は、澄琉の思うようには逃げられない。そうこうしているうちに、スライムは車道の方に押し寄せ始めた。そちらの「鉄の箱の中に、うまい餌がたくさんある」と気がついたのだ。
「……まずいな」
シューターの運動神経と判断力は、超人レベルを求められる。実際、そういうレベルのシューターはいる。
電気? それも危ない。
爆弾。車内の人がどうなるかわからない。
それなら--。
澄琉は大惨事の車道に走り出ると、今にもスライムに飲まれそうな車の前に、”氷柱”と呼ばれる薬品を、景気よくぶん投げてばらまいた。
実際、真っ白な氷柱によく似た液体窒素は、押し寄せてくるスライムをたちまち冷凍し、氷の中に固めてしまう。
まるでゲームで言うなら氷の上級大魔法を使い、しかもそれが大成功したかのような光景。
呆気に取られる車内の、路上の人々。
凍り付いた巨大スライムの群れは、後で力技で砕いてしまえば問題ない。
「トール!」
そのとき、次々に、自動車で、バイクで……中には走って、シューターの仲間達が駆けつけてきた。
「大丈夫か!?」
「派手にやりやがったな、トール」
皆、車道にある、液体窒素による氷のスライムの巨大オブジェに爆笑しながらそう言っている。
「後は俺たちに任せろ、出番よこせよ」
やはり体にベルトを巻いた強面のシューター達が、澄琉の肩を叩いて、安心させるような笑顔を見せてくれた。中には火炎放射器や、マシンガンなどの準備をしてきている者もいる。
澄琉が銃火器を装備していないのは、大学内に持ち込めなかっただけだろう。
「いや……スライムは油断がならない。最後までやるよ」
澄琉は微笑みながらそう答えた。
「責任ってやつか」
シューターの誰かがそう言って、自分たちも”氷柱”を用いてその場に残った小型スライムから片っ端に駆除し始めた。
形勢一転、逃げ惑うスライム達を片っ端から叩き潰していく。
十五分後にはスライムの撃退は終わり、そこに警察と救急車がやってきて、怪我人や事故を確認し始めたのだった。
何人かのシューターは顔見知りの警察を見かけると挨拶し、自分たちも怪我人を保護する手伝いをしていた。皆、気のいい人間達なのだ。
澄琉は、バス停の方へ走り寄った。
そこでは紫雨が、心配そうに澄琉と他のシューター達を見守っていた。
「大丈夫?」
「……はい」
「戦闘を見て気持ち悪くなる人もいるよ」
「いえ、大丈夫です……」
そうはいっても、紫雨は大分、青ざめていたし、体も寒そうに震えていた。
澄琉は、紫雨をいたわるように側に立った。
「家まで送ろう」
「え……」
「その足だし、今夜はまた、スライムが現れるかもしれない。家まで送るよ」
澄琉は真剣な面持ちでそう言った。実際、彼女の事がとても気にかかっていた。
「でも……」
紫雨は躊躇ったようだったが、やがて意を決したように顔をあげた。
「はい。よろしくお願いします……」
やや気後れした表情ではあるが、内心、嫌がっているような様子もない。
豪雨や雷雨の後には、何故かスライムが繁殖する事が多い。紫雨はそのことを知っていたのかもしれない……いずれ、酷い雨の夕方の事だった。