蛇も19、ケーキに媚薬

 真剣―――抜き身の刃を思わせるほどの、鮮やかな激情。
 言葉には出来ない何かが、そこにはあった。
 目を閉じ、歯を食い縛る那唖挫には、それは見えない。
 彼に分かるのは、自分の体を組み敷かれ、唯一、拒絶を示していた唇さえも奪われたということだけ。
 伸の体の下で、那唖挫の体が苦しげに痙攣する。
(伸も、ほんとギリギリだな…)
 それを見ながら、当麻は内心ごちた。
 伸が那唖挫を想うようになっていたと気付いたのは、当麻とて一年二年前に知った訳ではない。
 伸自身が自分の感情を自覚したのとほぼ同時に、智将である当麻は感づいていた。
 口に出して問いただした事こそ一度もなかったが。
 それは伸が遼に対する、絶大な慈悲と信頼とはほぼ対極の愛情で、根がドライで楽天的な当麻でなければ伸の心を冷静に分析することは不可能だったろう。
 その伸に、那唖挫に媚薬を盛る事を持ちかけたのは当麻だった。
 自分が那唖挫に欲情を感じるようになったということも勿論あったが、那唖挫の当麻の研究室への出入りにより陰々とこもっていく伸の心を見ていられなかったというのが何よりの理由である。
 それを言葉にするほど当麻も野暮ではない。あくまで遊びとして持ちかけ、案の定、伸はそれに乗った。
 恐らく、伸一人に媚薬を渡したところで、彼は自力で那唖挫にそれを盛る事はしなかっただろう。当麻と一緒の“遊び”だからこそ、こんな真似が出来る。
 それほどまでに捩れて狂った、異界の魔将への想い。
(これで少しは、自分の気持ちを整理するがいいさ。)
 そんなことを考える当麻の目の前では、伸が那唖挫へ口付けながら、手で彼の首や胸を触れ始めている。
 跳ね除けようと那唖挫がもがくが、それは泥の中で泳いでいるような動きで、到底、抵抗と呼べるようなものではない。
 一ヵ所一ヵ所、一つ一つ、那唖挫を確かめていく、伸の指。
 確かめながら印を刻む、伸の爪。
 だが那唖挫の内部に彼の杭は穿たれたまま、動こうとはしない。
 ただ那唖挫の体をいじりまわし、彼の体の熱を煽り続けるだけだ。
「う……くぅ………ふっ………」
 唇からもれる、那唖挫の切れ切れの息。
 それを聞いてようやく、伸は那唖挫ら口を離した。
「苦しい?」
 那唖挫の肌を撫で付け、引っかきながら、伸が問う。
「乱暴にして欲しい?それとも優しくして欲しい?」
 答えようとはしない那唖挫の上気した顔を見つめながら、伸は上半身を起こして那唖挫の雄に手を伸ばす。
「ここ…凄いね。赤く硬くなって、先がトロトロ。」
 くるりと先端を回すと、那唖挫の白い体が床の上でのたうつ。
「こんなになるまで、我慢して。ツライなら、言ってごらん。僕が、全部、シてあげるよ。」
 那唖挫は数度荒く息を吐き、呼吸を整えた。
 両目にともる、毒魔将の青い輝き。
「サカ、りの……つい、た…小童が。そう、いうこと……を言うのが、餓、鬼……だと…言うのだ!」
 媚薬と愛撫とピンクのリボンに追い詰められながらも、那唖挫はそう言い切った。
「……貴、様は、阿羅醐……城に無様に……捕ら、え、られ……ていた頃……と、何も変わらん!恥、を……知れ、小童!!」
 この状態で、そこまで言える那唖挫の強気さ。
 伸の顔色が変わる。
 それまで何とかかぶっていた伸の普段の優しげで穏やかな物腰。
 それが、完全に、剥がれた。
 那唖挫の両肩を両手で床にガッチリと押さえつける。
 そのまま、伸は那唖挫の内部を獣のように屠り始めた。
 強く、激しく、猛々しく、酷烈に。
 そのたびに那唖挫の体は跳ね上がり、床の上に登りそうになるが、伸の両手がそれを許さない。
 ゆえに、那唖挫は伸の激しさを全身に受け止め、加えられる苛烈な刺激に全身を悶えさせる。
 その苦しさは並大抵なものではないだろうに、那唖挫は伸に許しを請わない。
 イかせてくれと、懇願もしない。
「すげー…」
 そう呟いた当麻の声は、伸と那唖挫のどちらに向けられたものなのか。
 伸のぴっちりと着こなしていたスーツは乱れて那唖挫の白い皮膚の上にかかり、そのこすれる感覚にさえ那唖挫は感じて息を漏らす。
 その状態は伸に分かっているのか、いないのか、伸は更に激しく自分の雄を那唖挫の中へと叩きつけた。
「んあぁ……っ!」
 そこが、那唖挫の弱点だった。
 こらえきれない悲鳴を立てて、那唖挫が伸の腕を振り払おうとでもするように、叩く。
 その反応が何なのか悟り、伸はそこに自分をあてがうと槍のように突き立て始めた。
「はぁ……く、ぅあ……んん……っ!」
 那唖挫が喘ぐたびに、伸は動きを早め、限界へ、限界へと己と那唖挫を追い上げる。
 動く伸のスーツにこすられて、那唖挫の雄は硬直しきってぬめり、もう見ているだけで痛々しいほどの状態だ。
 那唖挫は、確かに伸の愛撫を感じ、伸の執念と欲望を体の内部と心に感じているのだ。
 だが、否定する。拒絶する。
 そこまで一体、何が認められないのか。当麻の媚薬か。二人の策略にはまったことか。
 それとも、伸の心自体なのか。
「那唖挫、意地張るなって。受け入れろよ。そのほうが、ラクになれるって。」
 とても見ていられずに、当麻がそう言った。
 それとほぼ同時に、那唖挫が伸の腕に指先を引っ掛けた。
「水、滸……!」
 伸を呼ぶ、那唖挫の浮かされた熱に跳ね上がった声。
「……はぁっ………。」
 わずかに、伸が声を立てた。
 同時に、放つ。
 滾りに滾った、熱く濁る白い欲の証。
 自分の中に証を注がれた瞬間、那唖挫の体は小刻みに震えながら反り返り、頬は朱色に染まって何かを訴えるように唇が動く。
 その朱色に濡れた唇が、一体何を言おうとしたのか、当麻は食い入るように凝視したが、分からなかった。
「那唖挫……。」
 先刻までとは打って変わって伸の声色は、切ないほどに優しい。
 一時の激情が去った後、彼は那唖挫の体を静かに抱きしめ、緑色の髪の毛を何度も何度も丁寧に梳いた。
「ツライんでしょ?そう言ってよ。」
 那唖挫の体が、ひくり、と動く。
 しかし、彼から発せられる言葉はない。
「もうぎりぎりだよ。これ以上、我慢したら、君がどうにかなっちゃうよ。」
 思いやるような伸の言葉。
「那唖挫から、言ってよ。僕の手で、イかせて欲しいって。」
 髪を愛でていた伸の手が那唖挫の雄に降りる。
 先端から幹を爪の先でそっと撫でる、その仕草だけで、那唖挫は伸の下で全身を痙攣させる。
 更に伸は指を巻きつかせ、ゆるゆると那唖挫をしごきはじめる。
 根元はピンクのリボンできつく蝶結びにされているというのに。
 達する事が出来ない那唖挫は、伸を内部に咥えこんだまま、ただ伸を感じ、当麻の視線を感じ、恥辱と快楽に耐え続ける。
 伸の手の動きは次第に激しくなり、幹に小指を絡ませたまま人差し指と親指で先端の入り口をつつき、爪を食い込ませた。
「いっ……!」
 さすがに、那唖挫が声を立てる。
「や……めぇ、ろっ………!」
 ここまできても、まだそんなことを言う那唖挫。
 もうこれは、強情っ張りなどという話ではないだろう。
 伸が悲しげなため息をつく。
「那唖挫、僕は………。」
「伸、こうなりゃ無理だって。那唖挫から言わせるのは、諦めろ。」
 伸の言葉をさえぎり、当麻が勤めて事務的な声で言った。
「だけど、一回、出させてやらねぇと…気が狂うぞ。本当に。」
 当麻の口に雄を立てられて、一体何分経ったのか。
 しかもその間に行われた事が行われた事である。
妖邪界の魔将だったからこそ耐え切れただけ。それももう限界突破間近だろう。
「そう、だね。」
 同じ男ゆえに、それがどんな意味合いを持つかは伸にも分かる。
 伸は素早く那唖挫から自分を引き抜いた。
「ンっ…」
 那唖挫がうめく。
 体自体は、もうどうにもならないほど過敏に全ての刺激に反応しているのだ。
 特に内部への感覚は研ぎ澄まされて、何をされても体が動いてしまうのだろう。
 引き抜かれた部分から、新たな白濁の液がこぼれ始める。
「………ッ!」
 そのことに気付いたのか、那唖挫は口惜しげに唇を噛んだ。
 その唇に、なだめるようにもう一度口付ける伸。
「那唖挫、ちょっとだけ我慢して。」
 そう言って、伸は那唖挫の上半身を自分の腕で起こさせた。
 自分で自分を制御できない那唖挫は、伸にされるがまま、力なく、起き上がる。
「ほら、ここ…」
 そう言って、伸は那唖挫の右手を那唖挫の雄へと導いた。
「僕や当麻じゃイヤなんでしょ?自分で、やりなよ。」
「!!!」
 火照っていた那唖挫の顔が一瞬にして蒼白になる。
 血が下がる音すら聞こえてきそうな瞬時の変化。
「出来るでしょ?」
 那唖挫を片手で抱きかかえながらもう片方の手で那唖挫自身を握らせる伸。
 那唖挫は声も出せずに、ただわなないている。
「あ~、なるほど、その手があったか。」
 思わず、当麻は苦笑した。
 ソファから降りると那唖挫の前に膝をつき、その青ざめた表情を凝視する。
「意地ばっか張るからそうなるんだよ。自業自得。」
 そう言って、那唖挫を縛り続けて来たリボンを当麻の指がさっさとほどいた。
 束縛を逃れた雄が、元気よく跳ねるように動く。
 まるでそれから逃げようとでもするように那唖挫が背を反らすが、三十を越す伸の壮健な体に抱きとめられた。
「那唖挫、ほら…こんなに、苦しかったんでしょ?」
 伸の優しい声。
 そのまま伸は那唖挫の手ごと雄を握りこみ、ゆっくりと上下に動かし始めた。
「ひっ……ぃ……。」
 媚薬による欲求と、置かれている状況の相反する効果に、那唖挫は恐怖に満ちた声を上げる。
「怖がらなくていいって、男なら誰でもやってることだろ。自分の体に正直になれよ、那唖挫。」
 そう言いながら、当麻が那唖挫の剥き出しになっている胸の尖りをつついた。
 そのまま、熟れた小さな果実のようなそれをつまんで、ひねる。
 条件反射で、那唖挫が身を捩る。
「俺も、出来る限りは、手伝ってやるからさ。」
 笑いながら言う当麻から、那唖挫は必死に顔を背ける。
 その顎を掴み、無理に自分のほうを向かせると、那唖挫の目尻に涙の粒が浮かんでいた。
「いい顔になってきてんじゃん。」
 会心の笑みで当麻はそう言う。
「泣いてもいいよ、那唖挫。大丈夫だから、ね…。」
 一体、何が大丈夫なのか見当もつかない事を言いながら、伸は那唖挫の手を握って動かし続ける。
 そしてこらえきれないように、また那唖挫の頬に、首筋に、口付けを降らし始めた。
 一旦は冷め切った那唖挫の白い皮膚が、徐々に、徐々に―――
 ほんのりと薄い桃色へと淡く色づき始め、血のめぐりにより段段と上気しはじめる。
 それは確実に、男の眼を奪う。
「くっ……ぅ……んっ……。」
 それにあいまって、今にも泣き出しそうなのを必死にこらえる那唖挫の声。
 それらに触発され、伸の最初はゆっくりしていた手の動きは、自動的に早まっていく。
 当麻は那唖挫の皮膚を手でつまむだけではなく、唇と歯も使って攻め立てる。
 研究室内に満ちる、那唖挫の声、攻める男二人の吐息、そして限りなく卑猥な、濡れた音。
 その濡れた音は那唖挫の窪みから落ちる伸の白濁か―――それとも、今、伸と那唖挫の手による自慰のぬめりのそれか。
「う、あぁ……や、だぁ……!」
「イヤなの?」
 ついに、音を上げた那唖挫に対し、伸が妙に冷えた声で言った。
 そのまま、那唖挫の右手を握り締めていた手を離す。
「僕に触られるのがそんなにイヤなら、後は全部一人でやって。ちゃんと、見ていてあげるから。」
「ありゃま。」
 伸の声の調子に気付いた当麻が、そう言って那唖挫から手と顔を離した。
「じゃあ、那唖挫一人でってことにするか。」
 背後からは伸、目の前には当麻。
 その二人の視線にさらされて、那唖挫はまだ右手で自分自身を握りこんでいる。
 上気した肌を小刻みに震わせ、濡れた唇をわななかせて、涙をこらえて。
 男二人は、何も言わずに、ただそんな那唖挫を凝視している。
 数秒か、それとも数分か。
 永遠にも一瞬にも感じられる時間が過ぎて。
 那唖挫が、ゆっくりと指を動かし始めた。
 自身に絡みつかせている指を、最初はただ上下に単調に。続いて、擦り合わせるように左右に。
 蠢く指の動きに合わせ、腰がわずかに揺れ始める。
 漏れる吐息は熱くかすれ、瞼が静かに閉じられた。
 ツ―――
 まだ引っかかっていた眼鏡の奥から、涙が一筋、流れ落ちていく。
 白く細い肘に辛うじて纏わりつく着物と白衣が、乱れた行為をはっきりと知らしめて、何とも言えずに煽情的だ。
「ふっ……ぅん……あぁ……っ。」
 自分で自分を扱きたてながら、那唖挫が小さく声を漏らす。
 当麻と伸は息さえ殺し、その声と姿を見守り続ける。
 二人は音を立てるどころか、身動きすることすら出来ずに、ただ那唖挫の自慰に見入る。
 それは今まで見てきた、あるいは自分が行ってきたどんな行為よりも、鮮烈に網膜に焼き付く光景。
「あっ…はぁあ……くぅ………っ!」
 その瞬間、那唖挫は右手に左手を添えて力をこめ、顎を上に向けるようにして背筋を反らした。
 床に飛び散る、堕ちた毒魔将の欲の白液。
 みちみちていく青い匂い。
 ほう…とため息をついたのは、当麻か、伸なのか。
 荒い息を吐きながら、那唖挫は顔をうつむける。
 その眼から、涙が幾筋も、零れ落ちた。

wavebox


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