花散らすケダモノ

花散らすケダモノ 愛しさと刹那さとその他諸々

 秒針が冷たく時を刻む。

 時刻は午後十時を回っていた。

 寝室で広いベッドを椅子代わりに座り込みながら、悪奴弥守は口元に手を当てうつむいている。

(光輪の心は一体……)

 今、征士は実家と電話で連絡を取っているところだ。彼は成人したとはいえ、仙台の親元から大学に通う身分。所詮、親の束縛からは何日も逃れられはしない。

 征士は悪奴弥守を寝室で待っているように言いつけ、もう一時間あまり家族と話し合っている。

 その口調は、どんなに押し殺していても闇魔将である悪奴弥守は聞き取ってしまっていた。会話の内容から悪奴弥守は、家族から見て征士は期待に応える真面目な長男である事が分かる。

(やはり、狐憑きではないのか……)

 たまにそうとしか思えない言動も取るが、今のように非常に冷静に根気よく人と会話する事も可能だ。それをどう判断すればいいのか悪奴弥守には分からない。

 ただ、征士が悪奴弥守に対し度を越した執着を持っている事は分かった。そしてその過度の執着が彼に狐憑きのような症状を誘発させているような気がする。

(俺の予想が当たっているのなら、俺は光輪にもう会わない方がいいかもしれない。)

 そんな思考が、脳裏を過ぎて行く。

 それは寂しさと胸の痛みを伴っていた。違う世界に生きる、異なる時の流れに身を置く以上、別離は実に容易い。

 征士が宝珠を通して悪奴弥守を呼んでも、答えなければいいだけの話だ。

 だが、今の自分に果たしてそれが出来るかどうか、悪奴弥守は不安だった。

 そしていつのまにか自分の中を大きく占めるようになっていた征士の存在に驚く。今までは征士が言うとおり、数百年の後、自分は彼の存在すら忘れているだろうと思っていた。だがそれはきっとありえない。彼にとって、征士は可愛い。

 受話器が置かれる音がした。

 悪奴弥守は寝室に向かってくる征士の足音に耳をそばだてる。

 苛立ちと不安が見え隠れする征士の音に、心ならずも緊張した。

 

 

 

 征士が寝室に入ってくる。

 悪奴弥守は顔を上げて肉体だけは同い年の男を見る。

 普段は石のように無表情なのに、眉と目の辺りに疲労の陰りが見えた。

『親はなんと言っていた』

 その言葉を、無理に飲み込む。

 征士は身に付けていた上着やベルトを脱ぎ捨て、クローゼットの中に丁寧にしまいこむ。その意味に気付いて、悪奴弥守はまた体を緊張させた。

 やがて征士がベッドへ体を乗せた。

「悪奴弥守。」

「……ん。」

 ラフな格好になった征士が悪奴弥守に唇を寄せてくる。

 それに自分の口で答えながら、悪奴弥守は床に下ろしていた脚をベッドに載せようとした。

 口の中に侵入してくる征士のまだ経験の少ない舌を自分の舌で刺激してやる。

 征士は悪奴弥守の肩に手を回し、そのまま強く押した。

 まだ頼りないくせに乱暴なその行動に答えて悪奴弥守は自分からベッドに倒れて脚を全て乗せる。

 幼いくちづけを交わしながら、征士は悪奴弥守の身に付けていた隙間の広いティーシャツをたくしあげて胸をまさぐってきた。

 悪奴弥守は緊張の残る体をもてあましながら、何とか征士の与える感覚を追おうとする。

 だがそうすればするほど、頭をよぎるのは五年前の光輪の鎧を着た征士だった。そして初めて彼に呼び出された時の光景。初めて知った『インターハイ』というものや、『夏休みの宿題』。妖邪として、または戦国時代での若い世代との相違点や共通点を悪奴弥守はそこに幾つも見出している。

その印象が、強すぎた。

 そして悪奴弥守は、征士の将来に期待をかけている。

 贔屓目を除いても、征士は若い世代の中で極めて優秀な成績を残し続けてきた。それは持って生まれた才能も多少はあろうが、生真面目な彼らしく“学生の本分をまっとう”して努力してきた結果である。一途に努力した者はやはり報われて欲しい。それが身近で見守ってきた征士ならば尚更だ。

 彼には礼の戦士として完成され、周囲から敬愛される男になって欲しい。

 そして、悪奴弥守は自分でも気付いている。征士の愛撫に全く反応出来ないのは、(征士にも問題があるが)この期待感が邪魔するからだろう。

 着衣が、征士の手で取り去られた。

 ぞんざいに折られて悪奴弥守の枕もとに置かれる。

「……悪奴弥守。」

 焦がれた声で、征士が耳元に囁いた。

「お前の本当の名は、なんという?」

 

 

 

 朝、鳥に囲まれた悪奴弥守を見た時から考えていた事だった。

 このままでは征士は悪奴弥守の百倍の速さで違う世界を生きる事になる。

 悪奴弥守と同じ年齢の体でいられるのも、あと三百日余りだ。そして百年も立てばその体は墓石の下である。

 そのとき、悪奴弥守は彼の事を覚えていてくれるかどうかも分からない。

 そしてその傍らにいるのは一体誰なのかも分からない。

 征士が消滅しても永久に近い時を生きる彼は、“光輪”という束の間の生を忘れて違う世界を魔将として支配し続けるだろう。今まで数百年、生きてきたように。

 このまま月に一回の逢瀬を重ねて、肉体による老いという努力では解決できない問題で違う時間を生きる事を実感しながら、死を従容と受け止めるのは、不本意だった。

 老いも死も、征士の努力ではどうしようもないのだ。

 ただ悪奴弥守を一度抱いただけでは満足できない。そして悪奴弥守は征士が強引に抱いた事を許してくれている。

 だから、もう一度、許してくれる事を期待した。

 悪奴弥守に、妖邪に転生する前の生を思い出させる。そして自分とともにその続きを生きることを、望んで欲しかった。

「……俺の名は悪奴弥守だ。」

 淡々と悪奴弥守はそう答えた。

「それは阿羅醐が記憶のないお前に与えた名だ。お前の本当の名は、違う。」

「阿羅醐様に貰った名が、俺の本当の名だ。」

「それは違う。悪奴弥守。」

 征士は悪奴弥守の首にそっと掌を乗せる。それは明らかに威嚇だった。

「俺は―――」

「悪奴弥守は元々、人間界の者だ。そこに両親がいて、村に仲間もいたはずだ。」

「………」

「そのときに持っていた名を、私が知りたいと思って何がおかしい。」

 征士の熱を孕んだ声に対し、悪奴弥守は苦しげに目を伏せて口をつぐんだ。

「お前は人間界に、愛した女もいたのだろう? その女に、なんと呼ばれていた?」

「……っ」

 悪奴弥守の顔が悲痛に歪む。それでも征士は言葉を続けた。

「私はその女のことも含めて、お前のことを知りたいんだ。嘘も隠し事もいらない。ただお前の真実を知りたい。」

 征士にしてみれば、『悪奴弥守』は阿羅醐に名づけられた虚偽の名だ。

 それを意味する言葉に、悪奴弥守は静かに目を開く。

「九十郎。」

「くじゅうろう……?」

 そのいかにも昔の名に、征士はかすかな戸惑いを感じた。

「九十郎。」

 それでもその名を呼んで、悪奴弥守の頬の十字傷にくちづける。

「九十郎―――」

 そして耳にその言葉を吹き込んで、褐色の素肌を腕に強くかき抱いた。

「やめろ。」

 悪奴弥守がうめくように言う。

 それは苦々しい過去の記憶を呼び覚まされている証拠だった。

 征士はその発音を繰り返し、悪奴弥守の緊張しきっている体を解きほぐすように掌で辿る。

「九十郎………九十郎。」

「……お前、俺をそう呼びながら、抱く気なのか?!」

 目を見開いて、悪奴弥守がそう怒鳴る。

「そうだ。」

 征士は彼らしくきっぱりと言い放つ。

「やめろ!」

 苦しそうに悪奴弥守が叫ぶ。だが征士は一回決めた事を覆す男ではない。

 ひたすらに過去の名で悪奴弥守を呼んだ。

 そこから湧き上がる記憶の波に、悪奴弥守は苦渋を隠さない。

 それでも征士は悪奴弥守の体を探り、追い詰める。

「何が目的なんだ!」

 ついに悪奴弥守はそう叫んだ。本来、温かく柔軟なはずの体は強張り冷え切って、征士の下で小刻みに震えていた。

「お前とともに生きたいだけだ。」

 そう言って征士はまた悪奴弥守の体を腕に抱きしめる。

 その冷や汗の浮かんだ首筋に顔を埋め、祈るように繰り返した。

「そばにいてくれ、九十郎。」

 悪奴弥守の濃紺の瞳が震えた。彼は征士の腕から逃げようと、体を密着させたまま何度ももがく。背筋をそらせ、腕の自由を取り戻そうと体を動かした。

 それを征士は許さない。

「九十郎―――」

「その名で呼ぶな!」

 悪奴弥守は苦しい姿勢で首を左右に振った。

「それは俺の、もう捨てた名だ。今更、そんな名で……俺にどうしろというんだ、光輪は。俺はもう、お前が生まれる遥か前から闇魔将として生きてきたんだ。」

「だが、私は。」

「自分のことばかり言うな、光輪。お前も二十年生きてきて、今更妖邪になれと言われたら出来るのか?」

 征士は言葉に詰まる。

 即座には、妖邪になれると断言出来なかった。そしてわずか二十年に対し、悪奴弥守はその二十倍の時を魔将として生きたという事実に気付かされる。

 その表情を見上げて、悪奴弥守は何度か荒く呼吸した。

「自分が出来ない事を人に無理にさせるな。お前は礼の戦士だろう。俺も、お前を妖邪界の者にしようとは思わない。お前が今、こうしてあるのは産み育てた父母と、お前を支えた仲間の力だ。それを捨てさせる事など出来るか。それと同じく、俺にも俺の生きてきた場所がある。いくらお前のためでも、それは捨てられない。」

「……………」

 悪奴弥守の一言一言が征士の若い自我を打ちのめす。

 それを見る悪奴弥守の眼も、譬えようもなく苦しげだった。

 やがて悪奴弥守は興奮した自分を落ち着かせるように深々と息を吐くと、征士の腕をほどいて、自分の両の掌で目の前の白く固まった顔を包み込んだ。

「それとは別に、俺はお前の事が好きだ。」

「何―――」

「お前も捨てられない人間の一人であることには変わらない。限られた時間でも、俺に出来ることがあるのなら、しよう。」

 時間だけではなく、あらゆることが限られていた。

 場所も、肉体も、能力も、性別も、その精神における価値観も、そこから重ねられた経験全ても、世界において制限を受けていた。

 ともに生きることを許してくれないのは、悪奴弥守ではない。

人間界と妖邪界という世界そのものだった。

 それでも征士の欲求と感情は変わらない。

 そして彼は、そこで絶望しなかった。

 教わったくちづけを、彼は悪奴弥守に繰り返した。

 悪奴弥守が自分の顔を包むように、その傷のついた顔を包み返す。

 その紫紺の眼に浮かんだ光に、悪奴弥守は息を呑んだ。それは悪奴弥守が全く知らなかった表情だった。ある点において、征士はその瞬間、四百年生きた悪奴弥守よりも老成した精神を持ったのだ。それがはっきりとわかる眼に、征士は悪奴弥守を映す。

「お前に出来ることは、今よりも私を……」

 そう言いかけて、征士は口を閉じる。

「……なんだ、光輪?」

「口に出して言う事ではない。これは隠し事という意味ではなくて。」

 穏やかに微笑して、征士は悪奴弥守に再びくちづけた。

 悪奴弥守は動揺し、すぐに応じる事が出来ない。小さく動く征士の濡れた皮膚に、困惑しながらゆっくりと唇を開いた。

 そのまま征士の体全体が、悪奴弥守の体を開き始める。

 悪奴弥守は欲を感じない。だから理性が残り、征士の無知であり稚拙な身体言語を読み取る事が出来る。

 そのはずだが、それは何故か読みきる事が出来なかった。

 やがて征士の欲が自分のうちに沈められ、何の反応も出来ないまま圧迫感に悪奴弥守は息を切らす。

 そして吐き出された熱い欲を感じながらも、悪奴弥守の疑問は解けなかった。

(光輪は俺に何を求めている?)

 それを問うことが出来なくて、困惑を何とか隠そうとする悪奴弥守の体を、征士はタオルで丁寧に拭う。

「無理にわかる必要はない、悪奴弥守。」

「……何?」

 征士が逆に悪奴弥守の思考を読み取ったのはこれが初めてで、悪奴弥守は体を引きつらせた。

「私が諦めたくないだけだ。どんな形でも、お前に愛されることを。」

「………?」

「わからないだろう?」

 絶望しようにも、征士は悪奴弥守にとって可愛い存在でありすぎた。そこには明白な『無条件の好意』という希望があった。そこで諦めようにも、征士は天性の努力家だったのだ。

希望があれば、努力家はどこまでも努力する。

生涯かけて、一途に純情に。

 

 

 

 妖邪界、螺呪羅の住居、蓮華殿。

 初夏の午前の風を受けるために障子も戸も開け放ち、螺呪羅は文机に向かって書をしたためていた。

 阿羅醐が倒れてしばらくは戦乱が続いたが、現在は辛うじて彼の司る織物などの工芸品などに力を傾ける程度には妖邪帝国は回復している。

 そのため、彼は午前中のうちに帝国各地の養蚕農家から染物、織物を生業とする者達への指示を出しながら陳情書も受け付ける。

 家臣と話し合うこともあるが、大抵は人を避けて一人で解決していた。

 家臣も心得たもので、午前は螺呪羅の前には現れない。

「……?」

 しかし珍しいことに、乱破の耳は自分に近づく足音を捕らえた。

 すぐにそれが追い払うべきではない人物だと気付き、そのまま放っておく。

「螺呪羅。」

 やがて、文机の前の彼に白衣の那唖挫が現れた。

「忙しいか?」

「お前の相手が出来ないほどではない。」

 そう言って、螺呪羅はその書類を手早く作成してしまうと、筆を置いて那唖挫を振り返った。

「人間界から戻ってきたのか。早かったな。」

「……時の流れが違いすぎる。天空の側には、俺は七日程度いたんだがな。」

 そう言って、那唖挫は汚れた白衣のまま肩をすくめて螺呪羅の前にラッピングした小物を見せた。

「悪奴弥守を知らないか? 闇神殿にいなかったようなのだ。」

「悪奴弥守なら、今朝、人間界に降りたぞ。」

「ほう? すると光輪か?」

 螺呪羅はそれには答えなかった。今朝方、悪奴弥守が衣服を身に付けた時の不快感がまだ残っている。征士は悪奴弥守が身に付けるものに細かく口を出し、それを悪奴弥守は平然と受け止めているのだ。

 そこに何らかの思惑を感じずにすむほど螺呪羅は鈍感ではなかった。

「すれ違いになってしまったな。俺の用事も光輪絡みなのだ。」

「何?」

「これを、天空とついでに作ってきた。」

 そう言って、那唖挫はぶらぶらと手の小物をつまんで揺らした。

「なんだ、それは。」

「天空と俺が作った光輪への誕生祝だ。」

「また、ろくなものではなさそうだな……」

 螺呪羅の顔を見て、那唖挫は得意げに笑う。

「ご名答。これは、若者なら誰でも夢見る薬だ。」

「金の成る木か?」

「それは薬ではないだろう、螺呪羅。これはな、特性の惚れ薬だ。」

「惚れ薬……」

 そのまま螺呪羅は言葉を失った。昨夜の悪奴弥守が、征士は、異性関係が綺麗すぎるのだとこぼしていた事を思い出してしまったのだ。

(これは光輪、重症だな……)

 仲間から誕生日に惚れ薬。

 それは確かに二十歳の男にとっては複雑な意味を持つ。

「天空は、近々、米国とやらに旅立たねばならんので、光輪に会う事が出来ないそうだ。それで、俺が一時的に預かった。郵送するよりも、誰か鎧が着る者から直接渡したほうが面白いというのでな。」

「ふむ。確かに、そういうものを手渡された時の顔というものは、実際に見た方が楽しかろうな。」

 阿羅醐を失ったといっても、彼らは妖邪であることには変わりがない。

 そんな悪趣味なことを平然と口に出してしまう。

 螺呪羅の台詞に、那唖挫は嬉しそうに笑った。

「やはり、悪奴弥守から手渡させたほうが、面白くはないか?」

「そうだな、まあ、待て、那唖挫。」

 螺呪羅はそう言うと、あらかじめ用意してあった銀の盥に手を翳した。

 そこに張ってある澄んだ水に向かって簡単な真言を呟きかける。

 水中にいくつかの光の珠が浮かび、それが広がって色をつけ、くっきりとした映像を展開しはじめた。

 それは、遠くにある者の所在を確かめるための水鏡だった。

「ん……?」

 その映像を見て、螺呪羅は思わず驚愕を顔に出す。

「どうした、螺呪羅?」

「うむ、もう少し待て、那唖挫。」

 螺呪羅は征士と悪奴弥守の争う図を見ながら、慌てている自分を押し隠して那唖挫に返事をする。

 那唖挫は水鏡の術がうまく働いていないのだろうと判断し、螺呪羅の精神集中を邪魔しないように静かになった。

(あれは、ピンクローターではないか……?)

 そんなものを振り回している悪奴弥守を、征士が押し倒しているところを螺呪羅の水鏡が映し出していた。

 目を疑う光景ではあるが、螺呪羅の水鏡は乱破の情報収集として開発され、何度も改訂され進化したものである。何者かによって虚像が映されているという事は考えづらかった。

「居場所は確認できた、那唖挫。」

 悪奴弥守の服装の件と征士の年齢、そして言動を即座に頭の中で繋げて、螺呪羅はそう言った。無論、乱破らしく顔には何も出していない。

「そうか。どこだ?」

「那唖挫、お前、その人間界の衣装のままだが、瑠璃光殿には戻ったのか?」

 勢い込む那唖挫に、螺呪羅はそう聞いた。

「……いや、まだだが?」

「何日も療病院を開けておいて、何も言わずにまた人間界に降りるという法はなかろう。せめて着替えて体を休め、薬師どもに不始末がなかったか確かめたらどうだ。」

「それはそうだな。」

 その螺呪羅の正論に対して、那唖挫はつまらなそうに頷いた。

「何、その惚れ薬なら俺が直接、届けてきてやろう。光輪がどんな顔をしたか、ちゃんと教えてやるから安心しろ。」

「そういうと思った。……絶対だからな。」

 つまらなそうに、それでも期待をこめて那唖挫は螺呪羅の側により、惚れ薬を差し出した。

「惚れ薬といっても、俺の使う一番きつい媚薬を、天空の力で効き目を極端に長くしたものだから、使い方を間違えさせるなよ?」

「欲情するのを惚れるというわけではないが……まあ、若い連中にはそれでいいだろう。」

 螺呪羅は那唖挫からそのいかがわしい薬を受け取り、ふと彼の着ている白衣を掴んだ。

「?」

 怪訝そうな顔をする那唖挫の白衣をめくり上げる。

「何だ?」

「また安っぽい布地だな。汚れものだから別に構わないのだろうが、毒魔将が着るには少し……」

「仕方なかろう。天空から、着なければならないといわれたのだから。」

「あとで、もう少しましなものを作ってやる。」

 那唖挫は自分の白衣を掴んで螺呪羅から裾をひったくり返した。

「お前、その隙あらば我らを着せ替え人形にしようとする癖は治らないのか?」

「俺は人形には興味がない。蓮華殿の取引先に、確かに人形師はいるが、俺の裁縫とは何のかかわりもないぞ?」

「だから、性質が悪いと言っているのだ!」

 つまり螺呪羅も、気に入った人間に好みの服装を押し付けたい男だった。

 よって、征士の意図に鋭い反応を返す事になる。


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