花散らすケダモノ マングローブの海に沈め
最初に流れた涙は、恐怖のあまり。
だが、そうした感情の発露は一旦こぼれだすと止まらないものである。
今日、征士に受けた暴行の数々、暴言の数々が悪奴弥守の中でよみがえる。
怒りはしない。悪奴弥守は征士を憎みはしない。ただ、辛く悲しかった。
声を殺す。征士の前で、無様な嗚咽など立てたくはない。
それでも、息を吐くと同時に、微かな音が口から漏れた。
大声で泣き崩れるよりもよほど切なく胸に響く、その仕草。
悪奴弥守は床に手をつき、顔をうつむけたまま、声を殺して涙を流し続けた。
悪奴弥守はとにかく喜怒哀楽が激しい。
激しいだけではなく、感覚が研ぎ澄まされているせいか、感情が豊かに出来ている。
しかし、実は征士は悪奴弥守が泣くのを見るのは今日が初めてだった。
勿論、妄想の中では散々泣かせて、鳴かせまくっていたのだが、それと現実は全く違う。
行為の間も悪奴弥守は怒り狂い、泣きながら拒んでいたのだが、今の泣き方は、それとは別の種類の涙だということは、征士にもわかった。
(こんな泣かせ方を、したいのではない。)
だから、とりあえず優しく黒髪を撫でたりしてみたのだが、そんなもので泣き止んだら悪奴弥守の方がどうかしている。
「悪奴弥守。」
自分の中で荒れ狂う、絡みあった感情を征士なりに押し殺しながら声をかける。
「そんなに妖邪界に帰りたいのか?妖邪界の男がいいのか?」
「……何故、そういう言い方をする?」
震える声で悪奴弥守が聞き返してきた。
「そういう言い方?」
「男、男と。……俺のことを、どこまで蔑めば気がすむのだ、お前は。俺はただ、自分のすみかに帰りたいと言っているだけなのに。」
「……だが。」
妖邪界には、あの白い手の男がいる。
誰かは分からない。だが、あの手の白さと、悪奴弥守にさせた行いを考えれば、恐らく螺呪羅か那唖挫。
それぐらいの見当は征士にもついている。
そんな男のいるところに、悪奴弥守を帰したくはない。
元々、悪奴弥守に抱いていた執着心は、一度抱いて口淫までさせた事によって極限まで強められていた。
悪奴弥守が妖邪界に帰りたがる事と拘泥すると同様に、征士は悪奴弥守が妖邪界に帰った後、他の男に慰められるのではないかという妄想に拘泥していた。
「だが、お前が平気で、すぐに男に抱かれるのは本当のことだ。」
「……違う。」
悪奴弥守はそう答えた。涙をしきりに拭いながら、ようやく征士を見上げてくる。
「俺は、そんな、……誰とでもというわけではない。分かってくれ、光輪。」
「信じられるか。」
征士は即座に答えた。
「どうしたら信じてくれるんだ。」
涙をこらえて絞り出すような悪奴弥守の声。
そのとき、ふと悪奴弥守は濃紺の眼を瞬いた。
「それよりも、光輪。俺がそうだとして、それでお前に何の関わりがある?俺をそんなに侮蔑するのなら、俺の事などもう放っておけばよかろう。だから、妖邪界に帰してくれ。」
「悪奴弥守を放っておく!?」
「俺のことは放っておいてくれ。」
五年間、渇愛し続けた相手に面と向かって征士はそう言われてしまった。
地雷を踏まれたとはこの事である。
その直前まで征士がやっていた言動を考えればそういう回答が出てくるのも至極当然なのだが、先人も言う。“恋は思案の外”と。
「―――私にそんなことが出来ると思っているのか!!」
激怒。憤怒。瞋恚。
怒りを表現するにも様々な言葉があるが、そのとき放たれた征士からの怒気を、どう言い表せばいいのか悪奴弥守には分からない。
それより以前に、何故、征士がそこまで怒気を放ったのかが分からない。
「今、お前はなんと言った?悪奴弥守、もう一度言ってみろ。私に。なんと言った?!」
「………。」
憤死するのではないか―――?
一瞬、そんな考えがよぎるような形相で詰め寄られ、悪奴弥守は本能で座ったまま後ずさりをする。その分、征士は詰め寄ってくる。
「なんと言った?!」
「……俺のことは放っておいてくれと言った。妖邪界に帰してくれ。」
「よく―――言えたな、私に。そんなことを。」
喘ぎながら征士が言う。
「放っておけば、お前はどうする?またあちこちの男を引っ掛けて回るのか?」
「こ、光輪……?」
一体、俺がいつ男を引っ掛けて回った?と聞き返そうとするよりも早く、征士が言葉をつぐ。
「胸は見せるわ、脚は見せるわ、顔に生クリームをつけて平然としているわ、そんなお前を、私が放っておいたら、一体どうなると思っている?!」
「え…あの……。」
それは怒られる事なのだろうか?
だが、それで征士は怒っているらしい。
確かに、自分は那唖挫などに比べて随分、行儀が悪い方だとは思うが、顔に生クリームをつけたことで憤死しそうなほど怒られるというのが分からない。
「どうなると思っているんだ!店員にどんな目で見られていたか気付きもしなかったくせに!」
「……は?」
「顔に生クリームつけたままぼうっとしているようなお前だ。あのまま人目がなかったら椅子に押さえつけられて舐められてしまったに決まっているだろう!」
「……………」
「人目があったらあったで、お前など口先三寸ですぐたぶらかされてトイレかその奥まで連れ込まれてクリーム舐められてそのままいかがわしいところまで舐められて、あげく気持ちよくなってしまうんだ!」
「……………」
「そうでなくてもたかがちょっと暑いぐらいで胸元を開けるような奴を放っておけるか!私がどれだけ困ったと思っている!首筋や鎖骨を人に見せつけるような真似をするな!吸って欲しいのか!」
「……………」
「しかも、扇ぐな!」
「……………」
「角度によって鎖骨が見えたり見えなかったりするような真似をして、一体お前は私に何を要求しているんだ!そういう要求なら私だけが見ているところにしろ!何故、街の真中で露出の少ない服の襟を開いて扇ぐ!」
露出が少ない服で六月の仙台を歩いたら普通に汗が出て暑いので襟で扇いだ悪奴弥守としてはお前のほうが何を要求しているんだと聞きたくてしようがなかった。
「露出が少ない服を着るようになる前のお前など、危なっかしくて危なっかしくて見てられなかった!極道に目をつけられてもヘラヘラ笑って、お前が一体どんなビデオに出演させられて売り飛ばされてしまうかと、私がハゲるような思いで見ていた事など気付かなかったろう!」
「……………」
着物を着て顔に傷をつけて歩けば妙な輩が寄ってくる事など、悪奴弥守は承知の上だった。ゆえに、「来やがったか、馬鹿ども」という認識で余裕をこいていただけだ。ちなみに売り飛ばされるというニュアンスは伝わるが、ビデオに関しては何を意味しているか全然理解出来ない。
「極道だけじゃなくて色気づいた武道学生に引っ張られていきかけたり色気づいた女学生にしなだれかかられたり、思春期の性に目覚めた輩につきまとわれて、お前のような隙だらけが何をされるかと、これは人間界だけじゃなく妖邪界でもそうなんじゃないかと、私が幾晩眠れなかったか考えた事があるか!」
武道学生は、悪奴弥守が手練であることに気付いて寄ってきただけだ。
戦闘において見所のありそうな若いのは悪奴弥守も嫌う理由がないので話し相手ぐらいはする。女学生に関しては知らない。
「どうせ妖邪界に行ってもお前の事だから小袖などというどこからでも手を突っ込みやすい乱しやすい格好のまま表も裏もどこでも歩き回って、案の定手を突っ込まれてそれ以外のものも突っ込まれて気持ちよくなってしまっているんだろう!」
そこまでまくしたてて、征士は深く息をついた。
怒りの力でここまで一息に怒鳴り散らしたもので、息継ぎには長い時間がかかる。
「光輪。」
もう怒る気も泣く気も起こらず、恐慌状態も過ぎ去った頭で、悪奴弥守は征士の様子を見つめながら聞く。
「妬いているのか?」
「きっ……」
とりあえず、征士の口からそんな音が漏れた。
怒鳴る事で発散された怒りが再び腹から脳天まで駆け上っていく、その血の上流を悪奴弥守は観察する。
「妬いてない!誰が妬くだと!私は心の狭い男ではない!他人に嫉妬などしたことはない!」
それは、実に見事な図星を突かれた人間の反応であった。
「……………」
悪奴弥守は顎に手を当てながら小首を傾げた後、転ばないように慎重に立ち上がった。
自分よりも僅かに背が高い征士の正面へと、自分から近づく。
「……口吸いはしたことがあるか?」
「くちすい?」
「これだ。」
悪奴弥守は征士の顎を掴んで固定すると、そのまま目を閉じて征士の唇に吸い付いた。
「!!」
征士の体が石のように固まる。
悪奴弥守は構わずに唇を深く割り込ませ、舌で征士の歯を舐め上げた。
それでも体を強張らせている征士のシャツに手を伸ばし、背筋から首まで巧みな手つきで撫で上げる。
途端に、征士が動いた。
悪奴弥守の体を両腕で力任せに抱き寄せ、唇に噛み付くように貪ってくる。
歯列を割った舌が縦横無尽に口腔を舐め上げ、悪奴弥守の舌を捉えると無茶苦茶に嬲る。
「んっ……」
くぐもった声を悪奴弥守が立てても気付かない。それこそ呼吸困難になる勢いで征士は悪奴弥守の口を吸い上げた。
稚拙だが、濃厚なくちづけだった。
「悪奴弥守……」
唇が離れ、征士が彼の名を呼ぶ。
唾液の糸を指先で拭い、悪奴弥守は征士の背中に腕を回したまま額を彼の肩に押し付ける。
「一体、いつからそんな思いを一人で抱えて、悩んでいた?」
恋愛感情かどうかは置いておいて、悪奴弥守にとって今では征士はかけがえのない存在である事には代わりない。それが自分に対して劣情を抱き、一人で悶々としていた事に気付かなかった事を、悪奴弥守は悔やんだ。
「決まっているだろう、悪奴弥守。」
自信に溢れた声で征士は言う。
そして、悪奴弥守の肩を掴んで引き離し、正面からその濃紺の瞳を見つめた。
「前世からだ。」
「………あ?」
呆然とする悪奴弥守の前で、征士は朗々と言い放つ。
「天地創造の時を思い出せ、悪奴弥守!」
「天地……?」
「地が形なく虚ろだった時代、お前はルーアハとともに水を覆っていた。私は時を紡ぐたまに創造主の手から雷(いかづち)となり解き放たれた。お前へと向かって。それが全ての始りだ。私達は、一つとなり、そして分かれるためにこの世に存在したのだ。そう、全ての原初、全てが一体だった時代から。」
「………るうわ?」
ルーアハとはヘブライ語である。聖書の天地創造の際に水面を覆っていたらしい。後は、ヤハウェによってアダムの鼻に突っ込まれて泥の体を動かしたりもする。日本でいうところの“気”、もしくは精神・霊そのものか、霊を作る素子のようなものだろう。
だが、ルーアハといきなり言われて妖邪が何の事か分かるはずがない。
「雷(いかづち)であり光である私は、聖霊と闇であるお前と一体となる事を望んだが、神はそれを許さなかった。光と闇が一体であっては、時が動かない。昼も来なければ夜も来ない世界に生命は満ちる事がない。だから、私達は別れなければならなかった。この世の生命のために私達は自分を犠牲にしたのだ。」
「……生命って、お前、一体……」
「私達は何度も輪廻転生を繰り返し、私は原初の闇であるお前を追った。追い続けた。光は常に闇へ向かい、闇を征するためにそこにある。それが私。分かるか?悪奴弥守。私は太古の時代からお前を恋し、お前を欲する存在なのだ。だから、いつからといったら遥かなる前世としか答えようがない。」
「……………」
(こ、これは……!)
愕然とする悪奴弥守。
とりあえず、頭がこっち方面に飛んじゃった人のことを、2007年現在ではネット用語などでちゃんと表現する事が出来る。
しかし、これは1993年時点の話である。CCレモンが新発売された年なのである。パソコンはそれほど普及されていず、インターネットも完備されているとは言いがたかった。
(NSFnetが民間に移管され、Windows95が登場したのが1995年)
まして悪奴弥守は天文十九年(1550年)生まれの妖邪界育ち。
そんな単語を知るわけがない。
彼の周りでこうした言動を取る人間は、一般にこう判断されていた。
(狐憑き……!!)
「絶対者に背く事を悪とするならば、何故に絶対者は我々の愛を阻むのか。恐らくお前が私を受け入れず、認めないのは、絶対なるものがお前の本来の心を封じ、お前の愛の覚醒を妨げているのだ。」
(俺の光輪の頭が!頭が!狐に憑かれおった!!)
精神医学が発達していない時代、精神的に弱い人間や暗示にかかりやすい人間が発作的に妙な事を口走ると狐憑きと呼ばれた。憑きものなのだから、発作を直すのは行司や神官の役目である。
ちなみに悪奴弥守はなまじ長く生きており、闇神殿を統括したりしているもので、自分の霊力の及ばない範囲で狐に憑かれたような行動をする人間がいることも知っていた。
しかし“精神薄弱”“ヒステリー”などの概念は知らないのである。
「私とお前はいずれ一つになるべき存在だ。それこそが絶対であり究極であり不可侵である。そして古の神を超え、永遠なる愛と合一する。永遠なる愛こそが人類の至宝でありそれを知りそれを掴むことこそがヒトの命題。」
(犬!狐を追い払うためにはとにかく犬だ!とにかくこの近辺に野犬はいないか……。犬なら俺はいつでも操れるが、民家の犬を勝手に狐憑きを落とすのに使うわけにはいかん。)
「私にとってあの戦いはその“ヒトの命題”にめぐり合うためのものだったのだ。今ならそう確信できる。ヒトの命題、即ち運命を私は知らされたのだ。悪奴弥守という運命の人に出会い、愛の苦しみを知る事こそがこの命の意味なのだ。」
(待て。野犬はいつでも呼べる。それよりも野犬をけしかける餌が必要だ。マグロ!マグロのすり身!)
「私はこの五年、命がけで悪奴弥守を愛してきた。いつかお前が私の心に気付き、己の心を開いて、そして体も開いてくれる日が来るのではないかと。私はあらゆる醜い己を知ったが、今ならそれを知ってよかったと思える。後悔はしていない、悪奴弥守。」
(……闇神殿なら、ヤヅカや部下に言えば、マグロのすり身はすぐ出てきたが……人間界でマグロはどうやって手に入れるんだろう。すり身の状態で手に入るだろうか?)
悪奴弥守がやろうとしている狐憑きの対処法は、言うなればマグロ犬とでも言うべき方法である。
つまりマグロのすり身を狐に憑かれた人間の全身に塗ったくって犬に舐めさせるのだ。狐は犬が苦手なので、人間の体から慌てて出て行くという事である。
勿論、これ以外にも有名な方法はある。“松葉いぶし”といい、その名の通り生の松葉や青唐辛子をいぶし、その手前に縛り上げた人間を置いて煙を鼻から口から吸わせる奴だ。
松葉の煙にはαピネンといって幻覚作用を沈静化させる効果があるので、ある程度の信憑性はある。だが、αピネンを吸入して幻覚から醒める頃には大概の人間は煙で窒息死する。
それに比べ、マグロ犬なら、犬は悪奴弥守が操っているわけだから、死なせる事はまずない。犬が噛み付きそうになった時点で、悪奴弥守が止める事が出来る。よって、悪奴弥守は狐憑きと呼ばれる人間が闇神殿に担ぎこまれてきた時は、裸に剥いてマグロのすり身を塗らせて犬にそれを食わせていた。……数百年間、ずっと。
「後悔はしていない、悪奴弥守。お前が、私を許してくれたから。醜悪で、心弱く、煩悩に負けた私だが、今なら心の底から誓える。今生でこそ、私とお前は真の意味で一体化し、私はお前を何があっても離さないと。だから悪奴弥守、お前も私から離れるな。」
(マグロ……マグロ……すり身!いつも部下に任せていたから考えた事もなかったが、マグロのすり身はどうやって作るんだろう。あれはばかでかい魚だ。とりあえず刃物があれば何とかなるのか?すりおろすための器具はなんだ?)
確かに、マグロは最大級で体長三メートル、体重四百キログラムを超える。
しかし、それもこれも征士のためである。三メートルだろうが五メートルだろうが、それしかマグロがなかった場合、悪奴弥守は一心不乱にそれをすりおろすだろう。
ただ、そのばかでかいマグロは人間界でどうやったら入手できるのか見当がつかないし、すりおろす方法もすぐには思いつかない。悪奴弥守は迷った。
「私とともに、絶対者に背いてくれ悪奴弥守。いや、そうするべきなのだ。それしかお前に道はないのだ。―――永遠の愛に生き、愛に死のう。」
(進退窮まった……!俺としたことが、闇神殿の主ともあろうものが、狐憑き一つさばけないとは。四百年間、俺は一体何をしていたんだ。よりにもよって光輪の頭が狐に憑かれたというのに、俺が対処できないとは。)
「聞いているのか、悪奴弥守?」
「え?……何だ?」
いつまでも黙っている悪奴弥守に業を煮やして征士が聞くと、悪奴弥守は間の抜けた反応を返す。
「何を考えていた、悪奴弥守。」
「……あ、その……」
悪奴弥守は口篭もる。
馬鹿に直接馬鹿と言ってはいけないように、狐憑きに直接狐憑きと言うのが憚られたのだ。
例えば、「お前の頭は狐に憑かれているから、これから追っ払うので犬をけしかける。そのためにマグロのすり身を体中に塗るので、服を全部脱げ。」といわれて脱ぐ人間はいない。
いたとしたら、その人間は狐憑きどころの話じゃないと思われる。
「悪奴弥守、私に隠し事は、もうよせ。」
「……え。あ……だから……ええと……」
歯切れ悪く悪奴弥守は征士に向かう。あまりの気まずさに自然と目は下の方を向いた。
それを、征士は“熱烈な愛の告白への照れ”と受け取ったらしい。
「もう、離さない。」
そう言って、征士は悪奴弥守をきつくきつく抱擁した。
(ど、どうしよう……)
とりあえず、妖邪界に帰るわけにはいかなくなった。
狐憑きにどんな迫害が加えられるか知らない悪奴弥守ではない。恐らく、人間界でもこうした奇異な言動は、避けられ軽蔑される事だろう。そして、征士の状態を、家族や友達が知っているとは考えづらかった。知っていて、親が車や別荘のカギを与えるとは思えない。少なくとも悪奴弥守はそう判断した。
(俺が何とか、光輪を正気に返すしかない。真面目な息子である光輪がこんな振る舞いをしたと知れば、親御が一体どう思うか。一人息子が女も知らずに衆道にはまっただけでも十分辛かろうに……)
元が孝の戦士であるためにそんな事まで考えてしまう。
そして文武両道に必死に努力し、それが確実に報われる人生を歩んできた征士に対する周りの評価が、“狐憑き”によって汚される事を恐れた。
「側に、いてくれ。」
熱くかすれた征士の声に、悪奴弥守は重々しく頷く。
「分かった……」
恋は思案の外。
―――何かと融通が利かない事に関しては定評のある二人は、どこまで外周を周り続けるのだろうか。
※ マングローブというのはマグロの稚魚を育ててくれる南洋の偉い木の事です。