花散らすケダモノ 山奥
玄関のカギを開け、征士は悪奴弥守に先に入るように促した。
勿論、悪奴弥守は習慣で家の中の気配をざっと探った。
あやしい影は見られない。家全体の放つ“気”も、人の手入れの行き届いたものだ。
―――安全だ。
「邪魔する。」
そう言って、悪奴弥守は玄関でブーツを脱ぎ、それをきちんと揃えようと身を屈めた。
思いも寄らない事が起こったのはそのときである。
玄関先から中の居室に抜けての狭い廊下、そこに、征士が不安定な姿勢の悪奴弥守を思い切り突き飛ばしたのだ。
「!?」
驚いて、声も出ない。
あっさり転ばされて床に手と膝をついたまま、何が起こったのかと振り返ろうとする悪奴弥守の体を、征士は後ろから覆い被さるようにして抱きしめてきた。
「こ、光輪?どうしたのだ?」
全く意味がわからず、悪奴弥守はとにかく自分の体の自由を取り戻そうともがいた。
とはいってもそれほど体に力を入れているわけではない。
悪奴弥守が本気で征士の腕を振り解こうとすれば、征士に怪我をさせることになる。
もたついている間に、征士がシャツの胸元を探ってきた。
征士が自分で悪奴弥守のために選んだその黒いシャツは装飾用のボタンがついており、後ろからではどれをつまめば胸を開けられるか分からない。
「光輪、一体……。」
ボタンを必死にかきむしっている征士の動きに、悪奴弥守が不安そうな声を立てる。
ここまできても、悪奴弥守には征士の真意がさっぱりわからなかった。
征士は無言のままだ。後ろで荒い息を吐きながら、ボタンをひっきりなしに引っ張っている。
「光輪。俺は何か、光輪の気に障ることをしたのか?」
こんな真似をされる心当たりがないために悪奴弥守は直接、そう聞いた。
その途端、征士は、装飾用のボタンも実用的なボタンもひっくるめて鷲づかみにし、力いっぱい横に引っ張った。
ボタンが千切れ飛んで床に散らばる。
生地の方は丈夫なためか無事だった。
そこに至って、悪奴弥守は初めて身の危険を感じた。
(まさか…!?)
しかしそれはあまりにも信じがたいことだった。
だが現実に、征士はボタンが千切れたシャツの中に手を突っ込んでくる。
汗を吸い取るために、悪奴弥守は一応、柔らかい繊維の下着を着けていた。
「ちっ……」
征士は舌打ちをしてその首の部分を掴み、下におろそうとした。
そこで、悪奴弥守は征士の下から這い出ようと床に手をついたまま前進した。
しようとした、というのが正しい。
悪奴弥守の動きに気付いた征士が今度は下着の首を掴んだまま自分の方へ力任せに手繰り寄せたのだ。
体は細くても、最長の剣光輪剣を振るう征士の腕力は侮れるものではない。
首を引っ張られて悪奴弥守が息を止めた瞬間を狙い、後ろから抱え上げるようにして悪奴弥守の身を起こし、廊下に座らせる姿勢を取らせる。
どうやら、手をつかせた姿勢では服を脱がせづらい事に気付いたらしい。
その証拠に、征士の手は下に伸び、悪奴弥守のベルトを解こうとしている。
もうこなれば、征士がしようとしている事が具体的に分かる。
頭では分かるが、感情が全く追いついてこない。
「や、やめろ…」
そう言ってはみるが、まだ実感が湧かない。こんなことを、光輪がするわけがあるか?
しかしこのままではカーゴパンツを脱がされてしまう。
悪奴弥守は伊達に長い時を生きている訳ではない。
剣術のみならず、体術を一通り修めている。
だが―――。
ベルトの穴を金具が通り抜ける。
続いて帯の部分がストッパーをすり抜ける。
それを観察し、征士が一瞬気を緩めた瞬間。
悪奴弥守は素早く征士の手首を内側から手の甲で払った。
最低限の動き。無駄に動けば、征士を傷つける。
そのまま膝で廊下に滑り出て、何とか征士から距離を取った。
「何の真似だ、光輪。」
征士からの返事はなかった。
彼は、この状況で、なんと黙って立ち上がって玄関の戸を閉め、カギをかけた。
「―――何の真似だと聞いている。」
極力落ち着いた声できく悪奴弥守。
「逃がさない。」
「……答えになっていぬ。」
征士は無表情のまま、悪奴弥守を見つめている。
それは五年前と全く変わらない、静かな紫色の瞳。
必死で眼を凝らして、自分を凝視する、視線。
征士が歩み寄ってくる。
玄関は征士の後ろだ。悪奴弥守は間合いを取りながらその分、後退する。
「まず靴を脱げ、光輪!」
土足で廊下に上がってきた征士に悪奴弥守がそう怒鳴る。
「そんなことをしていたら、お前が逃げてしまう。」
「貴様が妙な真似をしなければ、逃げなどせん。」
「妙な真似?」
そのとき、征士が、薄く笑った。
その笑い方に、悪奴弥守は息を呑む。
それは何故か、敵対した妖邪を屠る瞬間の螺呪羅を思わせた。
「それは昨夜、お前が男としていたことか?」
「―――――!!」
心臓が、止まった。
何故、征士がそんなことを知っているのか。
完全に固まってしまった悪奴弥守の体に征士の手が伸びる。
咄嗟に逃げようと後ずさりをしようとするが、足がもつれた。
征士がもはや平常心を失った悪奴弥守の肩を掴み、シャツと下着を引っつかむと腕力に物を言わせて引き裂いた。
腕の部分を残して、悪奴弥守の上半身が露になる。
胸から腹に転々と残る、螺呪羅の痕が剥き出しになる。
「やめろ!」
悪奴弥守は身をよじって征士の手からすリ抜け、後ろへ逃げて、ドアにぶつかった。
「くっ。」
何とかドアノブを回そうとするがあまりにも慌てて手が滑る。
「悪奴弥守。」
不自然なほど冷静な声でその名を呼びながら、征士が身を近づけてくる。
悪奴弥守はドアにぴったりと体をくっつけ、何とかノブを回そうとする。
その手に、征士の手が重なった。
恐慌状態に陥った悪奴弥守の前で、征士はノブをあっさりひねった。
ドアが悪奴弥守に対して背中側に開く。
体重をかけていたために当然ながら悪奴弥守はバランスを崩して後ろに倒れかかる。
そこに、征士がそれこそ体重をかけて悪奴弥守を押し倒してきた。
反応はしたが体が間に合わない。
悪奴弥守は後ろに倒れ、しかも頭を打った。
ドアの背後にはちょうど横倒しにしたカラーボックスが置かれており、その角が二人分の体重を乗せて倒れる途中の悪奴弥守の後頭部を直撃したのだ。
「………ッ!」
脳震盪。悪奴弥守の意識は飛んだ。
それに気付き、征士は素早く悪奴弥守の腰からベルトを取り去る。
カラーボックスにもたれた悪奴弥守のジッパーを下げて広げ、カーゴパンツを両足から引き摺り下ろす。
他人の服を勝手に脱がせるなどと初めてだが、征士は全く焦っていなかった。
これは、五年前から頭の中で組み立てていた事。
妄想なのか、本気なのか、自分でもわからないうちに繰り返していた脳内の試行錯誤の果て。
焦ってはいない。頭は至極冷静だ。
しかし、呼吸と動悸はどんな戦いの時にもまして早い。
カーゴパンツを脱がし取り、洋物の下着に手をかける。
悪奴弥守が、何事か低くうめいた。
一瞬、動きを止めるが、悪奴弥守はまだ気を失っている。
それを確かめて、下着を引っ張る。
何とか左足を穴から引き抜いた。
もう片方の足から下着を脱がしおろす途中に、悪奴弥守がまたうめいた。
「光……輪………。」
その呼び方が、無性に、気に障った。
いきなり、悪奴弥守の急所を右手で掴む。
「うあ!?」
その強烈な感覚に、悪奴弥守が正気に返った。
「ど、どこを触っている、光輪!」
赤面して、狼狽する悪奴弥守。
「どこと、言ってもいいのか?」
「……………。」
悪奴弥守は言葉を返す事が出来なかった。
目が醒めた瞬間に、自分の最大の急所を征士が無表情に握っているということは分かったが、とにかく頭痛とめまいがして、何がなんだかわからない。
意識を失うほど強く頭を打ったのだから当たり前だ。
それでも必死に視線を走らせ、状態を確認する。
開かれたドアとカラーボックスの隙間で、自分は何故か服を破かれて征士に襲われているらしい。
黒い丈夫なシャツは腕の周りにだけ辛うじて絡みつき、履いていたパンツは剥ぎ取られて捨てられ、長い靴下だけはしっかりつけているが、下着は中途半端に右足の膝の下に引っかかっている。
(どういう格好だ!!)
言い知れない羞恥を感じ、同時に怒りがこみあがってきて体がわななく。
一方、征士は悪奴弥守の顔から全身まで、薄い桃色に染まっていくのを、息を止めて見つめていた。
顔には出さないが、体の芯が激しく熱くなっていくのが分かる。
「光輪、手を離せ。今なら、忘れてやる。」
獰猛な獣の目つきで悪奴弥守が睨みつけてくる。
しかし、それは征士の体の熱を煽るだけだった。
「私だったら、こんなことをされたら、どうあっても忘れないな。」
冷え切った声で征士がそう告げる。
「何だと―――!」
「悪奴弥守が忘れられるとしたら、それは、悪奴弥守にとってこれが日常茶飯事だからだろう。」
「何を言っているのか、分かっておるのか貴様!」
怒鳴りつける悪奴弥守。
征士の返答は無言で行われた。
悪奴弥守の耳を掴み、そのまま頭全体を真横に振り下ろす。
耳は鍛えられる部分ではない。悪奴弥守は力任せに床に倒された。
人体の弱点をついてくる情け容赦ない攻撃。
「くっ……!」
痛みをこらえて起き上がろうとする悪奴弥守を征士は上から押さえ込んでくる。
それでも悪奴弥守は身をよじりながら必死に征士の下から這い出ようとする。
息もつけない激しい上下の攻防。
何の弾みか、征士が悪奴弥守の急所から手を離した。
その隙に、体のバネを使い、床を蹴飛ばして、悪奴弥守は征士の下からすり抜けた。
(あの洋服。)
剥ぎ取られたカーゴパンツのポケットに、<孝>の宝珠がある。
この格好では表に出られないが、武装してしまえば何とかなる。
しかしそれはちょうど征士の真後ろにあった。
「悪奴弥守、私から逃げるな。」
征士が、そう言って立ち上がった。
「これ以上、私を怒らせるな、悪奴弥守。」
そういう顔は無表情だが、紫の瞳が異様にギラついている。
「それはこっちの台詞だ光輪。ふざけるのもいい加減にしろ!」
「私がふざけているように見えるのか?」
「……ふざけているのでなければ、何だというのだ。」
心のどこかで、これは冗談であって欲しいと、悪奴弥守は思っていた。
とにかく、悪奴弥守はあらゆる意味で征士に対し甘かったと言える。
生真面目で、不器用で、正義感が強く、誰よりも努力家で根が優しい征士。
その彼が、こんな振る舞いを本気で自分にしでかすはずがない。
「……そうか。」
征士は呟くように言って、うつむいた。
視線が、下がった。
素早く悪奴弥守は立ち上がり、征士の横を走り抜けて宝珠を奪い返そうとした。
その、悪奴弥守の鳩尾に、深々と征士の膝がめりこんだ。
「!!」
声もなく、悪奴弥守はその場に崩れ落ちる。
衝撃で目が回る。ただでさえ、頭を打っているところに的確な急所の攻撃。
床に倒れ伏して、目尻から痛みの涙をこぼしながら、悪奴弥守は激しく咳き込んだ。
(視線を反らしたのは…誘いか……)
朦朧とする意識の中で悪奴弥守は自分の迂闊さを呪った。
征士は宝珠の事は知らなかっただろうが、悪奴弥守がカーゴパンツを取り返すために動く事ぐらいは読んでいただろう。
その征士の手が、ゆっくりと、悪奴弥守の黒髪を掴んだ。
「悪奴弥守、見ろ。」
異臭を感じ、悪奴弥守は反射的に顔を反らそうとしたが、髪を掴まれ頭を引っ張り上げられて自由がきかない。
そして悪奴弥守の眼前につきつけられたものは、隆々と立ち上がった征士の雄だった。
「ひっ…!」
あまりのことに、悪奴弥守は全身でその場から逃げようとした。
しかし、征士は悪奴弥守の髪を強く引っ張って自分の雄の方に近づけようとする。
「これでも、私が、ふざけていると思うのか?」
悪奴弥守は声が出ない。
異臭の正体は、発情した征士の雄の匂いだ。それがはっきりと分かる。
これから自分が一体、征士に何をされるのか。
ただ、首を、左右に振る。
「まだ分からないのか?」
憤りの滲む征士の声。
その状況は、悪奴弥守に確実な恐怖を与えた。
それでも、悪奴弥守は首を左右に振る。
征士は空いている方の手で悪奴弥守の床に落ちている手を取った。
「触ってみろ。」
そう言って、動かない悪奴弥守の手を自身の方へと導く。
「そ、んな……」
切れ切れの悪奴弥守の声。
怯えきっている悪奴弥守の手に自分の雄を握らせ、無理に事実を確かめさせる。
次の瞬間、悪奴弥守は征士の全く思いも寄らない回答を叩き出した。
「さては貴様、光輪ではないな!光輪が俺におっ勃てたりするはずがない!正体を現せ、化け物!!」
そう真顔で怒鳴ったかと思うと悪奴弥守は掴まされていたものを、なんと征士の下着の中に戻そうとした。
「しまえ、半端者が!」
いくら何でも酷い、ありえない対応だった。
しかし、悪奴弥守にとっては、征士が自分に男として反応するということの方がよほどありえない事だったのだ。
征士の欲情を認めるぐらいなら、化け物と思い込んだ方が断然マシなのだ。
それを思い知らされた征士は、悪奴弥守に対して生まれて初めてと言っていいぐらいの激しい怒りと、訳のわからない欲望を感じた。
悪奴弥守の黒髪を掴んだまま押し倒す。
「ぐっ!」
悲鳴を必死にかみ殺す悪奴弥守の足を膝で割り広げさせ、自分の体を挟み込む。
痛めつけられた悪奴弥守にはもう、征士を拒みきるだけの余力は残されていない。
それでも何とか足を閉じ、体を上にせり上がらせて逃げようとする。
その動きを封じるために黒髪を掴んだまま、その頬を張り倒す。
弾みで口の中を切ったのか、悪奴弥守は唇から血を流した。
「化け…物……ッ!」
憎悪に満ちた悪奴弥守の声。
「私は化け物ではない。」
征士は簡潔にそう告げる。
「化け物ではないというのなら何だ。あやかしか?光輪に化けて、何が目的だ。言ってみよ。」
先ほどまで怯えていた影も無く、濃紺の眼を怒りに燃えさせながら悪奴弥守は詰問する。
悪奴弥守の中ではもう完全に征士は「征士に化けたあやかし」ということになっている。
「私は化け物ではない。征士だ。」
「よく化けたものだ。この俺を出し抜くとは。貴様など……。」
刹那、征士に向けて放たれる、闇魔将の“気”。
それは確かに、凡百の化け物なら一瞬で打ち払うだけの力はあるだろう。
だが、当然ながら、同じ鎧戦士の征士にはそんなものは効かない。
明らかに悪奴弥守は、ひるんだ。
「……そんなに、私に抱かれる事を、認めたくないのか。」
そう言った征士の声は、苦渋に満ちていた。
「私の気持ちが、わからないのか。」
「化け物の気持ち?俺は妖邪だが、他人に化けてこんな真似はしたことはない。しようと思った事もないわ。下種!」
頭から床に押さえつけられ、組み敷かれながらも相手を気強く罵る悪奴弥守。
征士の中に蓄積される怒りと欲望が否応なしに増していく。
征士は悪奴弥守の黒髪から手を離した。
体を割り込ませることで開かせていた悪奴弥守の脚。
それを両手で更に割り広げ、左足を肩の上へと持ち上げた。
征士のしようとしている事に気付き、悪奴弥守は右足で征士の体を何とか蹴飛ばそうとする。
だがそんな不安定な姿勢で力が入るはずもない。
無駄な抵抗。ただ、自分が「化け物」に犯される事を否定するがための抵抗。
脚を引き上げられる事によって、悪奴弥守の腰が浮く。
当然ながら、その腰の下に左手を滑り込ませる征士。
「さ、触るな!」
悪奴弥守の声が跳ね上がる。
征士の指が、悪奴弥守の最奥へと伸ばされる。
瞬間、悪奴弥守は全身の“気”を左手へ集中させた。
体は傷つけられていても悪奴弥守の暗黒を使役する能力には異常はなかった。
ましてここは山の中だ。
獣は悪奴弥守の眷属、鳥でも犬でも呼び出して征士を攻撃させればいい。
それだけの力が、悪奴弥守にはある。
(オオモノセンビキ コモノセンビキ アトセンビキ タタカセタマエヤ…)
頭の中で巫呪を詠唱し、左手で印を切り、対象に力を当てるために征士の顔を見る。
まず目に入ってきたのは揺れる金色の髪。
透き通るように白い肌を紅潮させ、紫色の瞳に異様な熱をたたえて自分のあらぬ部分を凝視している。
化け物としか思えない。
だが、その化け物は、完全に征士の姿をしていた。
(………光輪。)
左手に集中していた“気”は、一瞬で失せた。
その瞬間、悪奴弥守の最奥に乱暴に指がねじこまれた。
「うっ…!」
思わず眼を閉じる。その異物感に、吐き気を催した。
それでも指は更に奥を目指して悪奴弥守の状態に全く構わず侵入してくる。
気持ち悪くて、息も出来ない。
「悪奴弥守、何だこれは。」
そのとき、今までにないほどの怒りのこもった征士の声が聞こえた。
意味がわからないまま、悪奴弥守は眼を開けた。
「お前の中から、白いものが出てくる。」
「!!」
勿論、見えたわけではないが、それが何であるかはよくわかった。
どんなに嫌がっても、螺呪羅は基本的に中に出す。
その都度ちゃんと処理はさせたはずなのに、完璧ではなかったということか。
「何だと、聞いている。」
征士の声が、震えている。
しかし、悪奴弥守に返答できるわけもない。
互いの荒い息遣いだけが聞こえる、沈黙の数十秒。
その後、何が起こったのか悪奴弥守にはよくわからなかった。
とにかく殴られた。
蹴られて、吹っ飛ばされた。
二度目の脳震盪が起こらなかったのがただの幸運としかいえない暴力の嵐。
それでも悪奴弥守は反撃できない。
相手は「化け物」。だが、「征士に瓜二つの化け物」。
殴る蹴るの暴行の末、気がすんだのか、化け物は床に横たわるもう息も絶え絶えの悪奴弥守を組み敷いてきた。
脚の間に、化け物の熱い質量がぶつかる。
思わずそれを見てしまい、悪奴弥守は喉を引きつらせる。
「い…やだ……。」
掠れて引きつり、自制を完全に失った声。
悪奴弥守のそんな声を、聞いたものは果たしていただろうか。
「征士に瓜二つの化け物」は悪奴弥守の両の脚を容赦なく大きく広げさせ、抱え上げて、最奥に狙いを定めた。
「嫌だ!嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいや……!!」
喚く悪奴弥守を無視し、侵入は行われた。
それは、恐らく、昨夜何度も繰り返された螺呪羅との濃厚な情事がなければ、全く不可能な行為だったろう。
それでもその熱い質量に粘膜は瞬く間に裂け、流血が悪奴弥守の腿を伝う。
「は…うぁ…い、や…嫌…だ……!」
見開かれた悪奴弥守の濃紺の眼から涙が零れ落ちた。
悪奴弥守の心身を粉々に砕かんばかりの激痛、それに耐え切れず。
体が震え、全身が「化け物」を拒もうとする。
それでも「化け物」は悪奴弥守の内部に欲望を突き立て、貫いた。
「……全部入ったぞ、悪奴弥守。お前の言う、化け物に犯される気持ちはどうだ。」
熱っぽい息を間に挟みながら、「化け物」はそう言う。
「光輪の顔で、そのような事を言うな!」
泣きながら、悪奴弥守はそう怒鳴り返した。
「そうか。答えられないのなら、もっと味わわせてやろう。」
そう言って、「化け物」は悪奴弥守の内部を抉り始めた。
何の遠慮会釈もなく。
とめどなく流れる血がぬめって、「化け物」の動きを早めていく。
「……抜け、下……種!」
気強く罵りながらも、目尻から流れつづける涙。
圧迫感と苦痛と屈辱に喘ぎながらも悪奴弥守は罵言を吐き続けた。
ロクに抵抗もしない癖に泣き喚かれれば暴行が激しくなるのは当然。
「化け物」、征士は奥へ、奥へと、膨張し硬くなった熱を叩きつける。
「ふっ…くっ……化け物………!」
突然、征士の動きが止まった。
意味が分からなかったが、悪奴弥守は征士の下から這い出ようともがく。
征士は悪奴弥守から己を引き抜いて立ち上がる。
悪奴弥守はほぼ同時に力の入らない足腰を何とか叱咤して上半身を起こした。
その悪奴弥守の髪の毛をまた引っつかんで手繰り寄せる征士。
「!?」
訳がわからないうちに、顔面に異臭を放つ白い液体をぶっかけられる。
「………??」
怒るより先に、何が行われたのか分からなかったため、悪奴弥守は自分の顔全体にかかったものを右手でぬぐった。
そして手についたものを見直して、ようやく事態を理解する。
「貴、様………!」
涙と精液に汚れた顔を朱に染め、悪奴弥守が征士を睨み上げる。
「そんな顔をして睨まれても、怖くない。」
淡々とした声で征士は言った。
「もう、私は、恐れるのはやめた。これ以上、我慢することは出来ない。」
「何が言いたいのだ、貴様は!意味がわからん!!」
「分からないのは、悪奴弥守が分かりたくないからだ。」
そう言って、征士は悪奴弥守を再び押し倒してきた。
悪奴弥守は身をひねり、何とか逃れようとする。
襲い掛かる征士の下で、決して征士自身を攻撃しようとはせず、ただ体を捩り…。
それで逃げられる訳が無い。
五分と経たない内に、悪奴弥守は征士によって、肘と膝を床につける格好にさせられていた。
そして後ろから、穿たれる、痛み。
何度も、何度も、何度も、何度も。
罵言を叩きつけようにも、息を吐く事すら辛い。
「悪奴弥守―――」
拳を握り締めて、冷や汗を滲ませながら、体を小刻みに痙攣させる悪奴弥守に、征士が背後から呼びかける。
「悪奴弥守。」
そう呼ばれる事すら、悪奴弥守には苦痛をもたらした。
(可愛い犬や獣に気がかりがあるか……それとももっと可愛い光輪に悪い虫でもついたのか。)
螺呪羅の言葉が蘇ってくる。
確かに悪奴弥守にとって征士は「可愛い」存在だった。
心が痛くなるほど、哀しくなるほど、かけがえのない<光輪>
「悪奴弥守―――悪奴弥守。」
そう自分の名を呼び続ける征士の声に余裕がなくなり、体の動きが激しくなり、熱い吐息が背中にかかる。
「や…めろ、嫌……だ。」
征士の体の状態を感じ取り、悪奴弥守が必死に声を絞り出す。
勿論、そんな願いがかなえられるはずもない。
最奥を目指して征士は腰を突き上げ、悪奴弥守の中に腐った白濁を注ぎ込んだ。
その後、征士が体をわずかに離すと、悪奴弥守は体を支えきる事すら出来ずに、床にずるずると倒れこんだ。
征士の紫の瞳に映るのは、流血と、涙と、白濁に塗れた悪奴弥守。
見るも無残としか言いようのない姿だった。
悪奴弥守をここまで痛めつけ、追い詰めたのは他ならない自分。
後悔はしていない。それどころか、まだ足りない。
何がやりたいのか、どこまでやりたいのか、それは本人にも分かっていなかった。
ただ、「足りない」という感覚だけがあった。
体の芯、脳の芯、双方が、眼前に横たわる闇の獣を徹底的に叩き壊し、支配することを求めていた。その欲求は、五年前から常にあったこと。
ためらわずに、征士はそれを実行にかかった。