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花散らすケダモノ ゴッドチャイルド
 征士が嘘と隠し事を嫌うのは極端に真実にこだわるからだ。

 それは太陽の別称・光輪の鎧を着る者の性質に寄る。地球において太陽は唯一絶対であり、絶対のものは真実に近い。

 嘘偽りのない事を、人は真実というのだから、彼が嘘と隠し事を忌むのは自然な事だった。それは、鎧を着る者なら誰もが納得している。

 例えば那唖挫は薬師として、事実を正確に認識し、事実を根気よく積み重ねていく事によって真実にたどり着く。

 忍を司る螺呪羅は、現実を甘受しそこに見た己の刹那の夢の中に真実を見る。

 悪奴弥守は、そこまで考えない。

あえていうのなら、本能的に求めたものが、彼にとっての真実だ。

 孝の鎧の本能は、親を求めた。

 

 

 

 見る者の快楽を誘う動きをソファの上で繰り返しながら悪奴弥守は阿羅醐を呼んでいた。

その声は途切れがちで、荒い呼吸とうめきと喘ぎの合間合間に挟まれる。

 悪奴弥守の頭上に翳されていた螺呪羅の掌はソファの背もたれに置かれ、彼は口の端に唾液を見せながらのたうつ四百年ごしの情人を観察する眼で見ていた。

「体だけ落とすのなら簡単というのは、こういう意味だ。そんなに真実が欲しければ与えてやろう。光輪。」

 麻痺していた征士の思考は、螺呪羅のその言葉により徐々に感覚を取り戻した。螺呪羅は阿羅醐の声を使ってはいなかった。

「どういう事だ……?」

「四百年以上の時を生き、道具のように使われながら、我らが阿羅醐に逆らう事も離れる事も出来なかった真の理由がこれだ。阿羅醐は馬鹿ではない。口先や身振り手振りの忠誠など奴には紙切れほどの意味もない。我らの心身をがんじがらめに縛り上げ服従を誓わせるために、奴は徹底的に我らを犯した。今の言葉で言うのなら、調教と言うのか……?」

「……………」

 征士は何も言えなかった。嘘だと言いたくても、目の前の悪奴弥守の媚態が、それを真実だと彼に告げていた。

「その中でも、阿羅醐に特別に可愛がられていたのが悪奴弥守だ。何しろ闇神殿の主。つまり妖邪帝国最高の覡(かんなぎ)だ。こやつは人一倍、感じやすくしかも自然に近い。自然に近いということは、迦雄須一族に近い。同じく調教を受け、忠の心をもちながら朱天が迦雄須一族に寝返った後、こやつは阿羅醐城に捕らえられて狂うほどに犯された。その結果、阿羅醐の声一つ言葉一つで達するほどに仕込まれた。」

「言葉……」

 先ほどの“雌犬”という言葉が、これほどの反応を引き起こしている。

 その意味を悟り、征士は思わず立ち上がった。だが、何も出来なかった。

「自然に近いといっても、こやつは迦雄須一族の血を引くわけではないのにな。この能力がどこから来たのか、本人にも分からない。こやつが頑なに阿羅醐を求めるのは、親を欲してだ。つまりこやつは捨て子だ、光輪。ウソリ、今で言う恐山の地蔵に捨てられていた異能の赤子。しばらくの間は口寄せ(いた)巫女(こ)どもがこやつの世話をした。だが、盲目の女たちにとって泣けば獣が寄って来る赤子はどんなものだったと思う。まともに育てられるわけがあるか。」

 悪奴弥守は気を張らなければ獣が寄って来るといった。つまり、本人が意識してコントロールしなければならない能力だという事だ。そして赤子や幼児にそれだけの精神力があるはずがない。征士ですら、逆上すれば“気”の力を操りきれないのだ。

 視力を持たない巫女達にとってそれは深刻な問題だ。地蔵を崇拝し神仏に仕える身ならば、捨て子をまた捨てたい訳がない。だが彼女達は常に緊張し、不安だっただろう。そして赤子は乳を与える女たちの緊張に過敏に反応する。それは、征士にも想像できた。

 赤子はずっと泣き続けていたのだ。

「物心がつけばこやつは疎まれている事に気付き力をふるい暴れるようになった。その噂が山を伝ってこやつの異能を当時の猟師達が知った。白神のマタギがこやつの力に惹かれ、進んで引き取りに来た。巫女(いたこ)達がこやつを身近に置いておく理由はない。白神の奥深くの山で、こやつは幼い頃から獣に懐かれ引き寄せる体質にも関わらず、獣を撃ち殺して糧とする修行をした。自分を養子として引き取ってくれた親のために。」

 獣を追い払う力は、その頃に身につけたのだろうと、征士は思う。

 そうであって欲しかった。

 だがそう聞きたくて悪奴弥守を見ても、彼はかつて阿羅醐に加えられた快楽の世界に意識を沈めている。

「修行により、九十郎と名づけられた養子はマタギの超人的な五感と狩りの技、そして山神への信仰を手に入れた。生来の獣に愛される能力と、恐山と巫女から自然と手に入れた霊力、それにマタギの体と技。それらがあいまって、名づけられたのが“山神の仔”だ。即ち、こやつは、山神を信仰しながら己が信仰の対象になってしまった。それほどに、こやつは獣を狩り、山神を崇拝した。何を思い、何を考えていたのだろうな。」

 そこで螺呪羅は言葉を区切る。

 征士は考える。山ノ神は、女神だと聞いた事があった。引き取った親はマタギなのだから、男だ。もしかしたら母親へ向けるべき感情が、そのまま神格化されて正に神に投影されたのではないだろうか。父と呼ぶべき男を、彼は多分、尊敬できなかった。非力な子供のもって生まれた異能を利用した卑小さ故に。

「全く何を考えていたのだろうな。世は、戦国だ。過剰な殺傷能力を持ち、奥地ゆえに独立している山の神を崇めるな集団など、大名に取っては目障りでしかないのに。こやつはあまりに年若くそれがわからなかったのか……」

 征士は悪奴弥守の言葉を思い出した。

 “侍を殺した”とは、そこに繋がる。

「そのころ、南部藩は宗家と分家で争っていた。争いの果てに、力を手に入れたのは分家の南部晴政だ。宗家を滅ぼし藩主となった野心に満ちる晴政は、当然、領地を平定し新たな力を得るために、山で急速に“伸びて”きている集団に目をつける。目障りと断じて根絶やしにするのは簡単だが、この男は知恵者で、信仰の対象に“佐々木”の姓を与えて侍として迎え入れ、力をそのまま吸収しようとした。」

 征士の脳裏に悪奴弥守の言葉が蘇る。

 螺呪羅の今の言は、彼の過去を告げる言葉をたどっていた。

 その言葉の先で、悪奴弥守は殺される。

「マタギは何しろ獣を殺す。山の神を崇め、禊を繰り返し、どう言い繕っても殺生をし、それで食いつなぐ。そのために獲物を求めて放浪する者も多く、生活は安定しない。だから百姓よりも身分の低い卑賤な者達として扱われた。晴政はまさかマタギが自分に逆らうなどと思っていなかったろうよ。だが、こやつはあっさりと逆らった。山神は、人を殺す事だけは許さなかったから。」

 身分社会というものに対して征士は実感をもたない。

 また、数百年も昔の山の神の掟など、何も分からなかった。

 ただ分かるのは、それは命に関わるほど厳格で、そのため心を支配するものだったということだ。

「晴政は宗家を滅ぼした男だ。つまり、この男には藩主としての権威がない。自分が権威を否定して権力を手に入れたのだからな。この男は、何者にも舐められてはならなかった。それを、卑しいマタギのこやつが平然とやったわけだ。晴政は怒り、執拗にこやつを侍として取り立てようとした。その度にこやつは晴政を否定し使いの侍を追い返す。やがて、九十郎の侮辱に耐えかねた侍達は、九十郎を育てた社を焼いてその神主を殺した。」

 マタギの少年が侍を否定するのは山神への信仰とその掟のためならば、その山神自体を否定する。

 そのために必要な報復行為であり、そうやって彼を威嚇したのだろう。

これ以上、逆らうのならば、その山間の小さな独立した集団がどんな仕打ちを受けるか―――

「さっきも言ったようにこやつは年若く、自分の力を制御しきっているわけではなかった。自分が守らなければならない神の社を焼かれ、自分に掟と力を授けてくれた神主を殺されて、黙っている訳はない。その場で、最大の禁忌を犯したわけだ。そこにいた侍を全て、たった一人で殺した。」

 確かにそれは己を制御できていない行動だ。

 人を殺す事が禁だとわかっていて、それを否定し続けた挙句、侍を殺してしまったのだ。その激怒の混乱が過ぎ去った時、彼はどう思ったのだろう。

「この傷は、その時、自分でつけたものだと言う。」

 何ともつかぬ涙に濡れた悪奴弥守の頬にある十字を、螺呪羅の指がたどる。

 その微かな感触にさえ悪奴弥守は震え、喘いだ。

 そして呼ぶのは既に死んだ男、阿羅醐の名。

「顔という一番人が見る場所にこれだけ大きくつけた傷だ。こやつは自分の運命を悟り、断罪したんだ。どこにも逃げずに、罪の裁きを受ける意志を示した。だが、こやつを信仰していたものは逃げてくれる事を望んだ。逃げて、ほとぼりが冷めたあと戻り、再び自分達に山の恵みを授けてくれることを、頑なに望んだんだ。彼らにとってこやつは、“山神の仔”、他の何者でもなかった。」

 それは、九十郎と呼ばれていた少年が、個人の意志を認められていなかったという事だと征士は思う。

 だが先ほど螺呪羅が言ったように、生活のよりどころを狩りという極めて不安定なものに求めていた彼らだ。山に愛された子供を見出し、それを信じたかったという気持ち全てを否定は出来なかった。

「古くよりマタギには彼らだけが使う街道と宿がある。九十郎はそこをひたすら南下した。獲物を求めて遠く信州まで下る連中だ。マタギだけが使う道、マタギだけが使う宿。そこに、マタギの追っ手がかかった。例え山神が許したとして自分の使いの侍を殺されて晴政が許す訳がない。マタギ達は自分達が九十郎に逃げろと言って、晴政の憤怒を知ると追い回して捕らえたんだ。それを決定したのは、無論、九十郎の次に山の集団で力のあった男、育ての父だ。」

 もうやめてくれと、征士は言いたかった。信仰の対象として崇められたものが、妖邪へと堕ちるだけの事情は、もうわかった。だがそれはどうしても、言えなかった。

 それは征士が知りたかった悪奴弥守の過去で、螺呪羅の言に虚偽は感じられなかったからだろう。

「最後の時まで、九十郎は山神に祈っていたらしい。晴政は自分を散々侮辱し、家臣の侍まで殺した卑賤のマタギをただで殺しはしない。追い詰められた者が人を超えた存在を渇望するのは当然だし、ましてこやつは女神に愛された、“山神の仔”だったはずなのだから。だが、山神は、己の掟を犯した子供を決して許しはしなかった。首を斬られる瞬間、こやつは山神へ呪いの言葉を吐いた。そして妖邪門が、開かれた―――」

 何故か征士は安堵した。

 妖邪界でならば、悪奴弥守は闇魔将の地位を与えられ、受け入れられたはずだ。

 第一、人から見て異能でも、妖邪から見ればそれは必ずしも奇異とは限らない。

「安心するか?光輪。この姿を見て、お前は阿羅醐がこやつをどう扱ったか、まだわからんのか。阿羅醐はこやつに孝の鎧を与え、“吾子”と呼んで抱いていたのだぞ。」

 恥辱の快楽に溺れる悪奴弥守の黒髪を撫で、螺呪羅は声に怒りを滲ませる。それは征士に対してなのか、阿羅醐に対してなのかは分からなかった。あるいは自身へ向けたものなのかもしれない。

「どういう意味か分かるか? 阿羅醐は記憶のない悪奴弥守に自分を親として認識させたのだ。それが一番、効率がいいからな。今までの話で分かっただろう。こやつは親がいたとしていないも同然だった。だから親を求めている。どんな扱いを受けても、阿羅醐が一言“これが親の愛だ”と言えば素直にそのまま信じ込んでしまうんだ。仁愛を知らぬから阿羅醐であるのに、こやつだけは、最後の最後まで阿羅醐が自分を我が子のように愛してくれていると思い込み、何百年もの間、孝順を尽くし続けた。俺から見ても、阿羅醐が悪奴弥守に愛情をもって接していた事など一度もなかった。慰み者にしては、戦の道具としてこき使っていただけだ。だが本人にはそれはわからない。そして五年前、どんな結果が訪れたかお前は側にいたのだから知っているだろう。」

「―――――っ」

 そのときにこみあがってきた感情を、征士は知らない。

 怒りではなく、悲しみではなく、憎しみでもなく、ましてや同情でもないと、彼は思った。あるいはその全てだったのかもしれないが、その胸どころか全身を閂で締め上げられるような感情は、言葉に直せるものではなかった。

「くくっ……」

 そしてその状況で、螺呪羅は笑った。

「何がおかしい!!」

 ついに征士は叫んだ。この場で笑うものは何者であれ許せないと思った。

「いやもう、笑うしかないだろう。一体どうすれば、たった一回の人生でこんなに親に裏切られては捨てられる事が出来るんだ。何回だ?」

「……………」

「もうたくさんだと光輪も思うだろう? 悪奴弥守も恐らくそう思ったんだ。五年前に、阿羅醐が倒れた後、こやつは自刃した。」

「自刃っ……」

 阿羅醐が消滅した事によって、妖邪達は記憶と自我を取り戻した。

 当然ながら、悪奴弥守は生みの親に捨てられ、巫女(イタコ)に捨てられ、マタギに捨てられ、山神に捨てられた事も思い出したのだ。

 そして、阿羅醐にも裏切られていた事を知ったのだ。

「絶望、したのか……?」

「自ら死を選ぶ者の心など、生者にわかるはずがない。だが、屍を見た那唖挫は、後追いだと言っていた。状況が、まるで阿羅醐の後を追ったように奴には見えたらしい。」

「屍……? 自刃は、成功しているのか? ……では、何故……」

 悪奴弥守は目の前に生きている。

 五年前から、何度も征士の前に現れているのだ。

「最初に悪奴弥守の屍を見つけたのが那唖挫だ。奴が薬師の鎧と呪法を使って、悪奴弥守の体と生命を復活させた。」

「薬師の鎧が、そこまで出来るのか?!」

「恐らく死者の復活が、極限の能力だろうな。それでも悪奴弥守は死に続けたが。」

 その異様な言葉の意味が分からず、征士は目を瞬く。

「死に続けた?」

「肉体に生命を吹き込んでも、自ら死を選んだ者だ、悪奴弥守は。魂は戻らず、心は閉ざされて、こやつは那唖挫の技では覚醒させる事が出来なかった。だから俺が幻術をかけた。」

「幻術だと?」

 幻は真実を覆い隠す。

 考えてみれば光輪の鎧と夢幻の鎧は、最初から対立構造をもっているのだ。何故それに今まで気付かなかったのだろう。

「阿羅醐は最期の時まで悪奴弥守を思いやり、我が子として愛したという記憶を植え付けた。」

「そのような嘘……」

「嘘だ。嘘八百により、こやつは覚醒し、今も生きている。そしてこやつに自刃の記憶はない。正確にいえば、妖邪界においてこやつが自刃した事を覚えているのは俺と那唖挫だけだ。俺が他の者の記憶を全て入れ替えたからな。自分が一度、自刃している事を知れば悪奴弥守は俺たちの嘘に気付く。そこから記憶を取り戻し、また死を選ぶ可能性はある。そんなことをされてはかなわん。隠すしかない。」

 何でもない事のように、螺呪羅は言った。

 征士は訳がわからなくなった。言うまでもない。それは彼の嫌いな虚偽だ。反発を感じる。だが心のどこかで納得していた。螺呪羅は恐らく白い手の男で、悪奴弥守を失う事が出来ない者なのだ。だから、己のもてる幻の力全てを注ぎこみ、それにより悪奴弥守は再び生命を得た。

「光輪。お前が執着する者は、お前の忌み嫌う嘘と隠し事の塊だ。」

 この言葉に限って、嘘偽りではないのだ。

「五年前に、お前が初めて悪奴弥守を呼び出した時から、お前は騙されていた。悪奴弥守は騙しているつもりはないが、お前はそう感じているだろう? そしてお前を騙す嘘と隠し事を取り去ったらどうなる? こんな生まれと育ちの悪奴弥守だ。また消滅する事を選ぶ。」

 嘘偽りではないのだ。螺呪羅の言っている事は。

 それこそが、虚偽であって欲しかった。

 だが虚偽の上でしか成り立たない生命と精神は、悪奴弥守だった。

 そしてその生い立ちを深く考えれば考えるほど、消滅を選んだ事を責める事は、征士にも出来なかった。

 笑いはしないが、螺呪羅が“笑うしかない、もうたくさんだ”と表現する気持ちも分かる。

「諦めろ、光輪。それに元々、悪奴弥守は四百年前の人間で、異界の住人だ。お前の心は最初から届かないものだった。」

「違う!」

 反射的に、征士は叫んだ。彼は本当に若かった。

「―――何?」

「嘘偽りの塊だとして、そこに真実が一つもないとは、私は思わない。今は悪奴弥守は嘘りがなければ生きていけないかもしれない。だが、私が今以上に力をつけて悪奴弥守を包み込めるようになれば、嘘も偽りも必要なくなる。」

「はあ?」

 予想外の征士の発言に、螺呪羅は彼にしては間抜けな声で返した。

「悪奴弥守は親の愛が欲しいのだろう。それと同じか、それ以上の愛情を私が与えればいいだけではないか。」

「……………」

「そうすれば嘘など必要ない。真実の愛だけで十分に生きていける。」

 螺呪羅は礼儀を弁えない男ではなかったが、無言で征士の鼻を指差した。

 ため息をついて一言言う。

「馬鹿餓鬼。」

 小童からまた一段とランクが下がった。

「何だと?」

「身の程を知れといっているんだ、糞餓鬼。人の気持ちも知らんで、よくそんな事を言える。俺が、悪奴弥守の過去を思い出し、いちいち口で言いたかったと思っているのか。とんでもない馬鹿だ。」

 そして螺呪羅はようやく体を静かに横たえ、涙だけ流している悪奴弥守の腕を上から掴むと無理に起こした。

「大体、心一つでどうなる? 俺はこれだけ淫乱に仕込まれた体をあれだけ抱いておいて一度も感じさせなかったへたくそを初めて知った。俺や那唖挫ならばこやつを満足させる事も出来るが、お前はそれも出来ない。それにお前の性分ならば、悪奴弥守が他の人間で体を満足させることは許せないだろう。その一つとっても、お前は悪奴弥守を諦めるしかないんだ。」

「悪奴弥守に触るな!」

 逆上した征士は立ち上がると悪奴弥守の方へ向かう。

「それこそお前の好きな真実だ。はっきり言うのは罪にならんはずだが?」

 征士が悪奴弥守をひったくろうとするのを、さえぎって螺呪羅は言った。

「いつかきっと、満足させてみせる!私は悪奴弥守の全ての真実を知りたいのだから!」

「ほう。それを俺に言うか。」

 征士の若さにうんざりしながら、螺呪羅はまた悪奴弥守の頭上に掌をかざした。

 単純な言葉の組み合わせで悪奴弥守に与えた幻術を解除する。

「ん……?」

 目前に征士がいて、自分は螺呪羅に腕をつかまれ体を起こされている状況に、悪奴弥守は慌てた。

「何だ? ……俺は、寝ていたのか?」

「お前は疲れて寝ていた。悪奴弥守。俺と光輪で話し合ったが、それでは解決できなかった。何か他の手段を用いるしかない。」

「え……?」

 ソファの後ろの螺呪羅を悪奴弥守は振り返る。

「他の手段って、お前、どうするつもりなんだ?」

「光輪に、お前を思い切らせる。お前は光輪を可愛く思う事を止められないだろう。光輪がお前に執着し続ける限り、振り切る事はお前には無理だ。それならこの馬鹿餓鬼に身の程を思い知らせるしかない。」

「……何言ってるんだ、螺呪羅……」

「あんな強姦をされたのに、ぴったりくっついて好き放題させて、強姦魔の将来を心配するようなお前に、光輪を振り切るのは無理だと言っているんだ。しかもそこに恋愛感情がない。」

 それは確かにそうだった。

 そしてまた、そんな態度を取り続けるから征士が執着を続けるのだ。

「私は何があっても、悪奴弥守を思い切ったりはしない!」

「そうか。そんなに悪奴弥守が欲しいか。」

 螺呪羅の隻眼が、征士の顔を見た後、寝室のドアを見た。

「それなら一つ、助力してやろう。」

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