退魔師やってた光輪のセイジが妖邪界に転生した所

 羽柴当麻、IQ250。
 それに対して羽柴中姫--250まではいかなかったが、IQは225。200の大台には達している。
 その彼女が、当麻と征士の自宅の暗証番号を、知っていた訳ではない。
 知っていた訳ではないのだが、当麻と征士の自宅のキーを、3分かからずにあっさりときあかし、番号を入力するとドアを開け、勝手にスタスタと中に入っていってしまった。

 唖然としたのは伸と遼である。
 てっきり、中姫が合鍵を持っているか、大家である管理人に話をつけてくれると思っていたのだ。

「あ、びっくりした? 子どもがいる前じゃやらないんだけどな……」
 秀が、慌ててとりなすようにそう言った。

「不法侵入じゃ……」
 恐る恐る、伸がそう言った。
「勝手にいなくなる兄さんが悪いんです! みんなに迷惑かけて。考えつきそうな事で、わかることを、今から調べます」
 冷ややかな声で、部屋の中から中姫がそう答えた。

「中姫さん、怒ってる……?」
 やはり恐る恐る、遼がそう尋ねた。
「そうみたいだな」
 秀が渋い顔でそう答えた。
 子どもがいる前ではヒステリーも起こせなかったのだろうが、自分にも仲間にも何も言わずに勝手に失踪した兄に、中姫は激烈な怒りを抱いているらしい。
 征士の死にショックを受けた事には同情しているだろうが、それとこれとは別である。
 40を越したいい大人のすることじゃないと思っているのだろう。

 リビングには四人がけの大きなテーブルがあり、そこに、当麻のノートパソコンが置いてあった。周りに、A4のコピー用紙が何枚か落ちている。中姫はそれを拾い上げたが、そこに特に重要な情報はないようだった。

「何かわかるか、中姫?」
「あなた……」
 中姫は秀を振り返った。
「気をつけろよ。当麻も、まともじゃなかったんだ。何があるか、わからない」
「はい……」
 冷静に、思いやりのある言葉をかけられて、中姫は少し落ち着きを取り戻したようだった。

 次に、中姫はパソコンを開き、早速、先ほどのようにロックを外した。
 途端に、パソコンの中から、異音が聞こえ始めた。

 どういうわけか太陽系の動画が展開し始める。そして壮大なスペースオペラ……それこそシュトラウスかワーグナーのような音楽が部屋いっぱいに響き渡った。

「智の心で悪を討つ! 天空のトウマ、ここに見参!!」
 そして太陽系を背景に、白衣を着たトウマがポーズを取って高笑いしている動画が始まったのであった。

「……何やってるの、うちの兄」
 ぼそっと、中姫が呟いた。冷ややかな遠い目になっている。
 伸、遼、秀も点目になっている。

「今、この動画を君が見ている頃には、俺はこの世にはいないだろう」
「あー、やっぱり妖邪界行ったか、当麻の奴」
 秀が中姫の背後からそう突っ込んだ。

「征士の死にショックを受けた俺が後追いするんじゃないかとか、そんな心配はいらない。俺が死ぬのは間違っている、征士が死ぬのも間違っている。その場合どうすればいいか? 簡単な事だ。征士が生き返ればいいんだ!! 40代の働き盛りで、たかが一回や二回死んだぐらいで、しんでいいわけがないだろう!」

「兄さん、死ぬってどういう意味かわかってるの」
 本人に聞こえる訳でもないだろうに、中姫はそう呟いた。
「そういえば、この間、庭にポピーの花が咲いてさー」
 生け花が趣味の伸はそんなことを言っている。
「死んだ人が生き返るのはキリスト教だったっけ?」
 遼は首を傾げた。

「そういうわけだから、俺ちょっと妖邪界に征士連れに行ってくるから、しばらくお前ら、黙って見守っていてくれ。つきあいたいっていうんだったら、隣のファイルにデータあるから。ま、みんな忙しいだろうから、そう簡単に妖邪界に来られないだろうけど、たまに息抜きにいいかもよ?」
「それ、先に相談してってば」
 中姫はさらにぼそっと呟いた。
 すると、実にタイミングよく、動画の当麻が言った。
「だって相談したらお前ら絶対止めるだろう? 俺、お前らに止められたら揺らいだかもしれないんだよね。だけど、征士への気持ちは止められないし、止めていいことだとも思えなかったんだ。だから、ちょっとそのへんは……」

 画面の中の当麻が、全員に向かって、片目を瞑ってウインクをして見せた。

「悪かった。絶対、この穴は埋めてみせるから--だから今だけ、我が儘言わせろ」

「まったくも------!!」
 そこでついに、中姫はぶち切れた。
 今にもパソコンに殴りかかりそうになるのを、秀が必死に止める。
「待て、落ち着けって、中姫!」
 パソコンを殴ったって機材が壊れるだけで、何の解決にもならないのだ。頭がいいのだが切れると恐いのが中姫の欠点である。
 すると中姫は大きく意識的に深呼吸を繰り返し、脳に酸素を送り込んでいるようだった。

「ごめんなさい、あなた、……みんな。兄さんがまた、苦労かけちゃいそうで……」
 ちょっと泣きそうな顔になりながら、中姫はそう言った。
 中姫は二十歳になってから、周りと知り合いになったため、微妙な距離感がある。兄の当麻とも、それまで面識はなかったのだ。それだけに、当麻の考える事は天才としてわかっても、自信がなかったり、周りに気を遣いすぎたりする面がある。

「そりゃね。……当麻だからね」
 立ち上がって秀に慰められている中姫にかわり、伸が椅子に座って、当麻の言う「隣のファイル」を探し始めた。
 そこに、妖邪界に関するデータがあるのだろう。

「遼、どうする?」
「……考えるまでもない、けど……」
 むしろ、遼は、中姫と伸の両方の顔を見ていた。
 そして、三秒ばかり黙った後、はっきりとした声でこう言った。

「俺が行く。当麻を……出来たら征士も、人間界に取り戻す。妖邪界に、あいつらを置いておけない」
「だよね」
「だから、伸……。お前は、せめて家族のところに戻れ」
「……」

「秀も、中姫さんも……子どもがいるだろう?」
 遼は笑っていたが、その声が微妙に乾いているように、仲間達には感じられた。
「遼」
 不意に、秀が、右フックを遼に繰り出した。勿論、遼が受け止めれる範囲内でだ。

「秀!?」
「二度というな、そんなこと」
 秀はそう言って、遼の顔を両手で挟み、パンパンと叩いて、実に彼らしい闊達な笑みを見せた。

「子どもがいてもいなくても、俺は俺だし、伸は伸だ。そして遼は遼。俺たちのリーダーだ」
「……秀」
「俺たちのリーダーが、俺たちの能力を見限って見捨てるようなこと、言うな。そんなことを言うな。俺も、伸も、中姫も。何があったって、リーダーの行くところについていくんだから!」

 ……そういうことである。
 一瞬、遼は、子ども時代のように目を大きく見開いて潤ませた。
 だが、そこで泣き出す事はしなかった。

「子どもの事は、横浜で妹に任せてきた。あいつだって、鎧戦士の妹だ。二人のことをよく考えてくれるさ」
 秀は自信を持ってそういった。
「僕も……不甲斐ない女房を持ったつもりはないよ。あいつなら、やってくれる」
 伸も控えめにそんなことを言っている。

「だから、このファイルをみんなで見て、当麻がどうやって妖邪界に行ったか確かめよう。そして、行動しよう。行動すれば、結果はついてくるんだから」
 伸の言葉に全員が頷いた。

 具体的に動けば、具体的な結果がついてくる。
 それは確かに、因果応報の原理に基づいた現実なのであった。



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