退魔師やってた光輪のセイジが妖邪界に転生した所

「征士の新盆に、当麻が行方不明」
 伸はその事実を口に出して確認し、深々とため息をついた。

「なんでそうなるんだ……」
 遼は、思わず語尾を涙ににじませながらそう呟いた。
 場所は、仙台。青葉城の近くの喫茶店。
 それこそ現代の伊達家の墓がある近所である。本当に、親兄弟の手により盛大な葬式をあげられた征士、盆の方も実家は気を張っているらしい。
 それで、ついつい東京や山口から集まってきたのが、遼、秀、伸、……そして、現在、秀の妻である羽柴中姫はしばかなめであった。

 簡単に言うと、中姫かなめは、当麻の生き別れだった双子の妹である。
 古い家柄で因習を信じる者も多くいた、羽柴家の宗家に当麻と双子に生まれ、彼女は宗家で育てられる事になり、当麻は近縁の寺で育てられる事になった。その寺に寄宿していたのが秀である。
 中姫はIQも性格も当麻にそっくりであったが、無事、二十歳になるまで、当麻と会う事は禁じられていた。もしも二人が会えばろくなことならない、と迷信を信じた長老達のせいである。当然、中姫の人生は、意味不明の厳しいルールの多いものであった。
 それでもなるべく気にしないようにして明るく元気に過ごしてきたのだが、二十歳になってやっと当麻に会った際、彼からトルーパーの全員を紹介された。
 その中でも、中姫は、当麻と縁の深い秀に特別興味を持ったらしかった。
 秀の方も、親友の当麻に瓜二つで闊達で賢い女性には文句がなく、交際はそのまま順調に進み、二人とも三十歳手前で入籍することになる。その後、男子と女子に一人ずつ恵まれている。
 秀と中姫はその子ども二人を仙台まで連れてきていた。礼の戦士である征士の事を忘れさせないためである。
 その席で、当麻が行方不明と聞き、中姫は一瞬、息を飲んだが、すぐに自分のノートパソコンを開いて沈黙した。カタカタとキーボードだけ叩いている。

「当麻が行方不明って、マジかよ。一体どうなってるんだ。征士はあんなことになっちまうし……」
 秀が怒りと悲しみを同じぐらいないまぜにした声を、その場に発した。
「征士があんなことになったからだろうね」
 伸は落ち着いてそう言った。
「どういうことだ?」
 遼が、伸に真顔で尋ね直す。伸は、遼の瞳にまっすぐ見据えられ、一瞬、戸惑ったように顔を赤くしたが、すぐに説明した。

「当麻は、征士が忘れられないんだよ。なんとかしたいんだ」
「俺たちだって、征士を忘れた訳じゃない。……忘れられる訳がないじゃないか」
 遼がやはり、涙が潤みそうな声でそう答える。
「だから、……当麻は何か、行動に出たかもね。当麻は、本当、征士の事が大好きだったから」

「行動に?」
 遼が再び尋ねる。
「行動って、何するんだよ。死んだ人間は、どうにもならないじゃないか」
 秀もそう言った。

「そうとは限らないわ」
 そこで中姫が、当麻よりもやや高い声でそう訂正した。
「例えば、兄さん達が苦戦した屍解仙。人が死んだ後に生き返って、仙人になるようなケースもあるわ。屍解仙と戦った、兄さんが気がつかなかったはずがないわ」
「中姫かなめ!」
 秀が驚くと、中姫は夫に向かって黙って頷いて見せた。
 彼女はノートパソコンでしきりに何かを操作している。

「うん。僕もそう思うよ、中姫さん。当麻は恐らく、何かの手段で征士の魂の居場所を確かめたんだろうね。その上で、反魂の術に手を出そうとしている……」
「そんなことをしたら、征士が屍解仙になってしまうじゃないか!」
 遼が驚いてそう声を荒くした。

「それでもいいんだよ、当麻は。征士と一緒にいられるなら。もしくは、他の何らかの方法でもいいから、自分が征士といたいんだよ」
 伸は、当麻の心境を想像しながらそう告げた。
「私もそう思う」
 双子の妹の中姫もそう言った。
「方法は間違っていても、何がなんでも、兄さんは征士さんとまた一緒に暮らすために、何らかの手段をとったんでしょうね。それで、新盆のここにいない……」

 そこで中姫は、ふと俯いた。
「すみません……兄の事なのに、気がつかなくって……。もっと最初から、兄さんの事を見守っていれば良かった……」
 そんなふうに反省している。

「それは仕方ないよ。小学生の子どもが二人もいるんだから!」
 慌てて伸が叫ぶように言った。
 彼も、一人娘を専業主婦の妻に育てて貰っているのだ。
 実際、隣のテーブルで、小学校中学年の兄と、小学校低学年の妹は、ゲーム機を持ってしきりに何か遊んでいる。今にも爆発しそうな空気は、大人達にも伝わっていた。盆の集まりで連れてこられて、大人達がトラブル起こして議論中。我慢していられる小学生がいるだろうか?
 その、四六時中、爆発を起こす代物を、中姫はずっと抱えていて、その上、いい年した大人の兄の見張りまでしなきゃいけないということはないだろう。

「そう言っていただけると……」
 まだすまなそうだったが、中姫は、少しは安心したようだった。
「大学の仕事もしているんだろう?」
 遼が、心配そうに中姫にそう聞いた。
「……ええ、おかげさまで、続けています」
 中姫は、東京の大学で、中将姫と当麻寺の曼荼羅の研究をしている。他にも仏教説話の関係の事は何でも好きで研究材料にしているらしい。

 伸は、現在も山口県で、古い言葉で言うとホワイトカラーのサラリーマン。
 遼は、東京でカメラマンで食い扶持を稼いでいた。
 秀は、横浜の中華街でレストランの店長。炎の料理人でもある。

 そういうわりと現実的な仕事をしてきた仲間であったが、その中で異色であったのが、征士の「退魔師」で、その相棒の当麻が「フリーランスの天才」という職業であったのだ……。

「中姫が謝る事じゃない、そう落ち込むなよ。……いつかあの二人は何かやらかすとは思っていたけど、こうきたか。さて、どうするかね……伊達家の方には、当麻が行方不明って言う情報はいっているのか?」
 秀が、やれやれといわんばかりにそう言った。そして、しきりに妹にちょっかいを出し始めた兄の方の頭を、腕を伸ばしてかいぐりかいぐりとなでつけてなだめる。

「さっき、弥生さんに電話をしたら知っているようだった。伊達家の方も、色々あるらしいね」
 伸が、そう答えた。
 征士の姉、弥生は、胆力のある聡明な女性だ。
 退魔師という不安定な商売柄、伊達宗家の座には最後までつけなかった弟にかわり、現在の伊達家を切り盛り出来る程度にしっかり者である。
 その彼女が、征士の思い人が異界の悪奴弥守であることを知っていたかどうかはともかく--当麻の征士に対する懸想に気づいていなかったとは考えがたい。
 このタイミングで当麻が行方不明となると、当麻と征士の関係性の事で何を言われるかわからない、ということがあるのだろう。それで公にしたがらないのだ。
 名門・伊達家のメンツの問題ということになる。

 かといって、完全放置ということもないだろうが……。

「弥生さんが……」
 遼は何か考え深そうに頷いた。
「弥生さんになら、伊達家の事は任せておけるな。当麻と征士の事も、うまくはからってくれえるだろう。それで、どうやって当麻を探す?」
 秀は本当に何気なく、全く当然のことのようにそう言った。
 秀にしてみれば、当麻は最も大事な親友だ。征士も。その彼が、自分たちに何も言わずに消えてしまったというのなら、力ずくでも探し出すまでなのである。
 中姫はそんな夫の明るく頼もしい表情を見て、黙って微笑んだ。

「効率は悪いけど、全員で東京に戻って、二人の家に入れないか調べてだね……、あ、そうか。そうすると、弥生さんがマンションの鍵を持っているかもしれないから、これから彼女にアポイント入れて……」
 伸が唇を押さえながら考え込んでいる。
「マンションの鍵なら私が何とか出来ると思うわ」
 そこで、中姫がはっきりした声でそう言った。
 途端に、娘が声をあげた。
「おかーさーん!!」
 小学校低学年の妹が、パフェをテーブルにこぼして動揺している。
「あ、やっちゃった!?」
 中姫は慣れた様子で娘の世話を始める。大好きなパフェをこぼしてぐずっている娘をたしなめながら、そこにさらに追撃してちょっかい入れようとする息子を叱りながら、テキパキと後片付け。
……だが、子ども達は最早、限界であるらしい。
 それで話は一回中断。
 中姫が子どもの面倒を見て、秀が伸と遼と、この先の事を話す事になった。

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