「ああ、全員無事~。今日は楽しかったな、花見。またやろうぜ。来年と言わずに、花火でも、行楽でも。そういえば、秀、中姫の奴は元気か?」
当麻が陽気にケータイから連絡を取っている先は、最近、独り立ちした秀麗黄である。秀の方も、当麻に負けないぐらい楽しそうに、妻の中姫の事を話し始めた。
ああ、おなかさわってるよ。優しそうに、撫でてる。
綺麗な桜だったね、って言いながら。うん、うん。大丈夫、当麻。お前の妹の事なら、俺が責任持って幸せにするから。絶対。
古いって、って。そりゃ、幸せってのは二人で作るもんだって事だろうけど。そりゃそうだけどな。俺も昭和なのかな~。中姫が、大きくなってきたお腹撫でてるの見てると、俺がしっかりしなきゃってさあ。
最近はそればっかりよ。うん。伸にお礼いっといてくれ。ノンアルコール、美味しいのあるんだなって。中姫喜んでた。
「はいはい、ご馳走様! 中姫には、早く寝ろって言っといて!」
のろけモード最強の秀に対して、聞いてられずに、当麻はそう言い切って、やっとの思いで電話を切った。
そして思わずため息をつく。幸せなのだろう、秀は。自分の双子の妹の、羽柴中姫と結婚して。現在は、秀中姫だが。
羽柴の古い因習で、二十歳まで会う事もなかった双子の妹だったが、それでもやっぱり、血は水よりも濃く、幸せな結婚をして欲しいと切に願っていた。そして、秀になら中姫を任せられるとも思っていたし、中姫も秀に本気な事は分かっているが、秀ののろけ話は本当にとめどなく、幸せをアピールしてくる。恐らく、妹の報告も兼ねているのだろうが………夜中10時には、やめて欲しいと思うのだ。
それこそ、中姫がゆっくり眠れないだろうが。秀が大きな声で、妊娠中の妻の報告を兄にしていたら。
「当麻、秀はなんだって?」
「あー……幸せだって」
「そうか。それは良かったな」
当麻の同居人である征士は、当麻のぐったりしている様子を見て、そうとだけ言った。
その一言で通じ合えるだけの関係ではあるが、当麻がぼんやりしているので、征士は自分の部屋に戻っていった。
今日は、久々に五人……当麻の妹中姫(現在は秀の妻)も含めて六人で、新宿御苑に花見に行ったのだった。
二年前までは、五人は、大学に入るために上京し、新宿のど真ん中にあるマンション三部屋を五人で借りた。
その時点で、当麻は東京都に届け出た特許を複数持っていて、自分でそのマンションを借りる事も出来たのだが、他の仕送りを貰っている仲間達に合わせた。
その結果、当麻が一部屋自腹で借りて、伸と遼で一部屋、征士と秀で一部屋、広く使いやすい上に交通の便も格別にいいマンションを借りて暮らす事になった。
二年前の2006年、秀が中姫と結婚し、横浜の実家近くに一軒家を借りてクラシ始めたのである。その後まもなく、中姫が妊娠。次世代の鎧戦士を生んでくれる事だろう。
そして、征士が一人で家賃を払う事になるのかというと、上述の通りの場所と便利の物件である。そして、征士は、安定しているともあんまり言いがたい状況でいた。彼は、退魔師だったのである。
妖邪や、妖邪ではなくともこの世の闇に巣くう妖魔を、彼の場合は光輪の力で打ち倒していく、専門職。確かに、高額の案件を複数取れば、余裕でこのマンションで暮らす事も出来るが、妖邪や妖魔が征士の都合に合わせてPOPしてくれるわけではない。暮らせない訳でもないが……という状況になったので、そこに当麻が転がり込んだ。自分の部屋から隣に住んでいる征士宅にパソコンから家具から本ぎっしりの本棚まで、処分できるものは処分した上で、引っ越し。
その前に秀が、綺麗に自分の私物を引き払っておいてくれたので、引っ越しはすぐに終わった。
そういうわけで、当麻と征士は二年前から、伸と遼は十八歳の時……即ち十七年前から、二人で暮らしているのであった。家賃や生活費は折半、家事は一日ずつ交代で、やりくりすることにしている。そのほか、集団生活でのルールは、この十七年の間に練り上げられており、最近はそれほど衝突する事もなくなってきていた。
2008年。観測史上初と言っていいほどの暖かい春であった。桜が咲いたのは、都内では三月二十七日。
あまりの暑さ……暖かさというよりも暑さに、不安定な天気が続いていたが、二十七日の翌日の土曜日は、良い天気であったため、元々予約を取っていたこともあり、六人は夕方から夜桜を楽しんで、一通り騒いだ後、秀と中姫は横浜へ、他の4人は新宿の自宅のマンションに帰ったのであった。
そして、帰宅が夜更けだっただけに、無事の電話をかわしたところである。
征士は、秀が中姫と幸せである分には彼にとっても喜ばしい事であるため、取り立てて文句を言う事もなく、よそ行きの服から着替えるために自分の部屋に入った。
その、直後だった。
当麻の方はというと、気持ちよくアルコールを楽しんで酔っ払った直後だったため、無性に喉がかわき、キッチンの冷蔵庫から天然水を取り出して、コップで一杯飲もうとしたところだった。
「曲者--ッ!!」
征士の、そこらの応援団よりも鍛えられた腹筋から、その、時代がかった言葉が発生され、当麻は盛大に水を吹き出した。
「なにやつっ、な、何故っ……こんなところに!?」
当麻は水をゲホゲホと咳き込みながら、慌てて、征士の部屋に走った。彼は水を鼻から吹きそうなぐらい慌てていたため、よろめいている。そうしているうちに、隣の部屋から伸と遼が駆けつけてきた。玄関の鍵はまだ開いていたため、二人は遠慮なく、当麻達の部屋に上がり込み、征士の部屋へと急いだ。
「お、おい、ちょっと待てよ……」
当麻は情けない事に、最後尾で、征士の部屋に駆けつけ、中をのぞき込んだ。
伸と遼は二人とも、同じように、口をぽかーんと開けて、呆然としていた。
遼の方は目を大きくぱちくりさせている。
「え……」
当麻はメガテンになるかと思った。
目が点になるが正解だが、瞬間、彼は女神にでも何でも転生してやろうかと思った。
狼狽え、赤面している征士の前には、一人の少年が、不思議そうな顔で征士の方を見て立っていた。
正直言って、征士に似ていた。玲瓏たる美貌、白磁の肌、美しい瞳。
人形めいた美しさである。
少年は、とても征士に似ていて、そして何も、着ていなかった。素っ裸だった。
「せ、せ、征士ッ……なんだこれはっ!?」
「なんだと言われても……私にも、何が何やら……」
「お前の子どもかーッツ!!」
これである。
当麻は瞬間的にそんな予測をしてしまい、それを確信しそうになったため、瞬間的に女神になって転生したくなったのだ。
「俺以外のどんなやつとどんなことしてこんな可愛い子供作ったんだーッ!」
「馬鹿者、誰がそんなことをするかッ!!」
「じゃあなんでここにこんな美少年がいるんだよッ、ここ、お前の部屋だろうッ!」
「それは私にもわからないッ!」
「征士、俺を捨ててどっかの女とくっつくんなら、俺はっ……俺はっ……」
当麻はほとんど征士の話を聞いていない。
完全に、頭がいってしまっている。酒を飲んでいる事もあるのだろうが、征士の部屋に征士似の素っ裸の美少年がいたため、てっきり、そういう勘違いをしてしまったらしい。
「死んでやるっ! 死んで神様に訴えてやる!! 俺を女にしてくださいって!!」
「ぶっ……な、なんでっ……」
「そして、俺がお前の子どもをバンバン産んでやるーッ! その女と、絶対、対等以上になってやるッ! 俺は征士と幸せになるんだ、絶対になるんだーッ!」
「いい加減にしなさい」
伸がそこで、当麻の耳を引っ張って黙らせた。
「興奮しないの!! 確かに征士に似ている子だけど、征士の子だなんて誰も言ってないでしょう? 早とちりで勘違い、しかも思い込み。IQ250の軍師がすることじゃないよ?」
「で、で、でも……」
伸が冷静に諭すと、当麻は口ごもりながらも、激情的に叫ぶのをやめた。
「どうしたの、征士。どういうこと?」
伸がそう尋ねると、征士はおもむろに首を左右に振った。
「私にも、わからない。部屋に帰ってきたら、彼がいたのだ」
「……どこの子?」
遼がそう尋ねるが、誰も答えようがない。
一人、征士によく似た少年だけが、裸のまま、征士が丹精込めて育てている盆栽の前に、ぼんやりと立ち尽くしている。本当に、一糸まとわぬ姿で、寒そうなぐらいだった。
「えっと……君、どこから入ってきたの?」
遼がリーダーとして、まだ背の低い少年の方に視線を合わせるようにしながら尋ねた。