それは無意識の動きなのだろう。
直接、那唖挫に入れている二人はただ体を直線的に動かせばいい。
だが、那唖挫は―――左手を、動かした。
右手は伸の根元を掴み、指で拙いながらも奉仕を続けている。
左手が、白衣の影の自分自身に伸びた。
その浅ましさ。
二つの口に男を挿入され、激しく体を突き動かされながら、自分で自分を慰める。
それに気付いた男二人はまるでそれを責めるかのように、己を那唖挫の中へと叩きつける。
「う……ぐっ……!」
伸の動きに咳き込みたくてもそうは出来ないためにくぐもった悲鳴をあげる那唖挫。
それにあわせて当麻が最奥へ向かい自分を突き立てる。
那唖挫の体が悦楽に揺れる。
乱れ切っているはずなのに、どこか通じ合っている動き。
それに那唖挫の自身に対する動き―――自慰による、自動的な締め付け。
那唖挫が自分で自分を刺激するたびに、二つの口が、甘く締まる。
その甘美な動きにつられて当麻と伸の行為は更なる激しさを増す。
頂点へ。
その快楽の一点へ。
「はぁっ……」
「う……くぁ……っ」
「ん、あ……ぁ……」
もう誰のものともつかない声が研究室内に幾度も反射する。
淫欲の熱に浮かされたように、那唖挫が何度も自身を扱きたて始めた。
姿勢的に、当然ながら伸たちにはその手指の動きは見えない。
だが分かる。那唖挫の締め付けてくる動き、にちゃにちゃとした音。それらから。
「ふっ……ン……んんっ………!」
かなりきつく自分を握りこんでいるのだろうか。
眉間を寄せ、切なげに眼を閉じながら、那唖挫が体を揺さぶる。
腰が振れる。
「そんなに腰使うなって、那唖挫。こっちはもう年なんだから。」
笑いながら当麻がそう言った。
一瞬、我に返ったのか、羞恥に那唖挫が更に顔を赤くする。
「かわいいよ、那唖挫。」
そう言いながらも那唖挫の口、喉の方まで己を突き立てる伸。
恥辱、それ自体がエモイワレヌ刺激になったのだろうか―――。
那唖挫が己の雄の首のあたりを引っかくように指を回し、体を大きくわななかせた。
放つ。
ただでさえ汗とジェルに汚れきっていた床に飛び散る白濁。
「うっ……」
その瞬間の締め付けに当麻が限界に近い声を上げる。
自然と早まる当麻の動き。
それにあわせ、伸も那唖挫の口の中を容赦なくかき回す。
「くっ……つっ……ぁ」
普段こんな場面で声を立てる年でもないのだろうが、場合が場合だ。
当麻も伸も、那唖挫をいたぶることによって得られる快楽には弱い。
それはやはり媚薬、麻薬、そういったものの象徴である<毒>。
そうであるとしか、いえないだろう。
「那唖挫っ……!」
そう言って、当麻が那唖挫の内部から自身を引き抜いた。
どうにか肘から腰のあたりを覆っていた、汚れた白衣、それに。
当麻の蓄積された欲望、おびただしい白い液体がぶちまけられた。
それを見た伸がより一層激しく那唖挫に自分の腰を打ち付ける。
「んぐっ…!」
身動きが取れないゆえに短く悲痛な那唖挫の声。
それが最後の引き金となり、伸が那唖挫の口に数度、己をぶつけると、一挙に抜いた。
そして那唖挫の眼鏡―――そのレンズからフレームに、当麻と同じ白濁がぶっかける。
ジェル、汗、そして体の内外に男の欲望の証をかけられ濡れに濡れた那唖挫。
「かはっ……」
恥辱に対する反応より、現状把握よりも、まず那唖挫が行ったのは呼吸。
ようやく自由になった口と喉全体を使って、咳き込むように何度も体を揺らして酸素を肺に送り込む。
そのまま、床の上に、その白く細い体は崩れ落ちた。
眼鏡のフレームが床にぶつかって硬い音を立てる。
異臭を放つ白衣から伸びる、汚れきった白い脚。
汚れた眼鏡の下の、涙に濡れた顔。
「やりすぎたかね…。」
そう言って、当麻は自分自身をズボンの中にしまおうとした。
「しょうがないよ。」
そう答えた伸も、それは本心ではない。
こんな場面でとりあえず慰めじみた言葉を吐いてしまうのは彼の習癖だ。
伸自身も、行為の終焉を示すために己のモノをしまいこもうとする。
横たわる那唖挫は、人形のように動かない。
(無理もねえな…少し寝かせてやるか……)
ソファに移動させたほうがいいだろうと、当麻が那唖挫の体に手を伸ばす。
その時。
那唖挫が、動いた。
屍が転がっている。
それは生きているのかもしれないが、見る者がいたらそう思うだろう。
<屍>と。
土気色の肌、乾ききった唇。そしてぴくりとも動かない四肢。
それはおよそ生気を感じさせない。だから人は思う。
これは、屍だ。
だがそれらはかろうじて、生きていた。
呼吸、鼓動。それは確かにある。
寸前で命を取り留めた―――<彼ら>はそう思っている。
そんな中、男はパソコンの前に向かう。
常備している薬籠をそこに置いてあるからだ。
バサリと上着を一枚まとっただけの姿で、彼は蓋を開ける。
そして深呼吸しながら中のものを取り出し、一口かじった。
それは“南蛮胡椒”と彼は呼んでいる。現代名では唐辛子だ。
日本においては九州の戦国大名大友氏に初めて献上され、その後、毒薬、鑑賞用として使われてきた南蛮胡椒。それをわざわざ持って歩いては食べているような者。
それがその場に生き残った勝者であった。
屍累々―――その中で、彼は唐辛子を一個食べ終えると言い放つ。
「思い知ったか、小童!」
そこにははっきりと毒魔将の威厳を取り戻した那唖挫。
「お、恐れ入りました…」
智将、天空のトウマが情けない声で詫びを入れる。
「ま、まさか…こんなことになるなんて……」
ぶっ倒れたまま伸はまだ事実を認識しきれないらしい。
那唖挫はただ高らかに鼻を鳴らして言葉で返事をしようとすらしない。
「でも、あの、質問よろしいでしょうか……?」
それに対して当麻がきく。
「何だ、小童。」
「俺の改良した媚薬、効いてましたよね、明らかに。それで、何でこんなことになったんでしょう?」
那唖挫は盛大にため息をついてみせた。
「あのな、よく考えてみろお前ら。男が十五歳から十九歳の肉体で四百二十年余り、妖邪としてその名も“煩悩”京で過ごしたのだぞ。誰だってこうなるに決まっとるわ。それに気付かぬお前らの浅はかさが コ ワ ッ パ だというのだ。分かったか。分かったら己の未熟さを猛省し精進に励め!」
怒鳴りこそしないがそれなりの怒りをこめて那唖挫がそう言い切る。
それに対する宿敵、水滸のシンの答えはこうだった。
「精進って…何をどのように?」
それに続けて当麻が希望を述べる。
「教材ください。」
那唖挫はもう何も言わず、研究室に備え付けのロッカーに向かった。
扉を開いてそこの下にあるバケツを取り出す。その足でまっすぐに水道に向かい、バケツの中に水をたっぷりと注ぐ。
そしてそのまま、そのバケツの水を三十過ぎた小童二人の頭にぶっかけた。
「掃除しておけよ。」
そう言い捨てて、その場に捨てられていた精液まみれの白衣を取り上げる。
そして向かうのは研究室の隅の小さな薄汚れた洗濯機。
(またやってしまったか…)
洗濯機の蓋を開けながら、いまいましく思う。
那唖挫は妖邪としてはこうした事に対し、かなりの場合、理性が最後までリミッターとしてきいているタイプなのである。
全身の五感どころか第六感まで含めて超高感度のセンサーな上、鎧に含まれた獣性ゆえに本能に忠実な悪奴弥守とは違うのだ。かといって、きっと生まれた時から精神プレイ大好きで、そのためにわざと理性を残している螺呪羅とも違う。
那唖挫自身が、生来、自分で自分を支配下においておく事が当たり前だと思っており、それに加えて鎧が薬師である、ということなのだ。
鎧を着るものは常にその能力についてよく考えておけ、と那唖挫は思っている。
そして自分の鎧は薬師、即ち、<医者・薬剤師>
どんな場合であっても、他はどうあれ、自分だけは取り乱さず理性的に物事に対処していなければならない、それが自分の役割だと那唖挫は信じている。そしてそんな自分が理性のリミッター解除された状態というのは、やはりいまいましい。そう感じるのが普通だ。
ちなみに那唖挫がそのリミッター解除された状態―――それは、螺呪羅が“蛇性の淫”と呼んでいる。
日頃、理知的に行動することを心がけている反動なのか何なのか。
そんな場合の那唖挫はとにかく相手が男だろうが女だろうが敵だろうが味方だろうが、見境無く、貪り狂い求め狂い乱れ狂い、確実に相手を戦闘不能に追い込んでしまうのだ。ちなみに、相手が何人までそれが可能なのか、試そうとしたものすらいない。あまりにもそれまでの結果が凄すぎるので。
(よりにもよって小童相手に……)
いたずらをしかけてきた小童二人を返り討ちにした事自体は、別に悪いとは思っていない。理性的でなければならないものが理性的であろうとするのを妙な薬まで使って二人がかりで乱してきたのだから、当然の結果だ。
しかし、これが例えば螺呪羅や悪奴弥守にバレたら一体どうなるか。
(四百二十二歳年下に、俺が本気を出した…そう思われるな。)
怒られるか、それとも笑われるか。
洗濯機に洗剤を入れながら、とにかくそれだけが気にかかる。
怒られるのならそれこそ躾といわんばかりに無理難題を押し付けられてこってり叱られるだろうし、笑われるとしたら十年単位でほじくり返されネタにされることだろう。
そしてもう一つの可能性がある。
面白がる、という奴だ。
面白がって、当麻から何らかの方法で改良媚薬を奪ってきて、小童二人の真似事を魔将二人で仕掛けてくる。
その可能性を視野に入れると、那唖挫は限りなく暗い気持ちになった。
(そ、それだけは…勘弁してくれ……)
超高感度センサー淫獣&精神プレイ暦四百五十年以上幻術使い&当麻特性改良媚薬。
考えただけで気が遠くなりそうだ。
その場合、那唖挫が勝ったとしてもあまり自慢にはならない。それどころか却って不名誉な称号を与えられる事だろう。“蛇性の淫”だって、決していい意味ではないのだから、それどころではないもっと凄い名称が回ってきたらどうするのか。
負けたら負けたで“お前も智将天空にはかなわんか?”などと毒薬方面のからかいのネタを与えてしまうことになる。それだけはプライドが許さない。
(どうしたものか……絶対にバレないように、小童どもの口をふさぐ何かいい方法はないものか……答えてください、極楽浄土の阿羅醐様……)
そんな事を思いながら回る洗濯機の前に立ち尽くす毒魔将那唖挫四百五十五歳。
末っ子根性の抜けきらない秋。
そんなわけで二日後の十月十日。
那唖挫は当麻、ついでに伸も呼び寄せて妖邪界の薬膳を持ってきた。
当麻の甘党に合わせて那唖挫が作ったのは。
季節も秋、薬膳の五果である李・棗・杏・栗・桃のうち栗と桃をメインに持ってくる。
栗きんとん、桃まんは当たり前。
一粒の栗をユズで風味付けた蒸し菓子から始まって麦こがしで大粒の栗をくるんだ焼き菓子、王道の茶巾絞り、小倉餡と閉じた栗ゼリー、黄味餡を使った栗ようかん、蜜につけた栗を更に栗きんとんでくるんだもの、これを当麻の胃袋を想定したぐらい作った上で。伸用には栗一点で作った菓子。妖邪界の中でも厳選した栗を砂糖その他を一切つかわず裏ごししてやはり厳選した水と練り合わせ一つまみ大に絞ったもの。一応、駄目押しとして栗のペーストを使用したケーキ。(当麻が手を出すかどうかも一応考慮に入れておいて二人分)
桃の方は桃を丸ごと一回凍結させた上で氷水と蜂蜜で漬け込んでから煮込んだもの。白い桃ようかんなど大きなものから、育ちきる前の桃を毒魔将のツテで無理矢理手に入れ、ミルク餡で包み桃の形にしたもの、同じものを桃餡で包みパイ生地で焼き上げたもの、栗とは対照的にざっくりと桃を切った形を見せたゼリー、逆に細切れにしたものを入れたプリン。これを当麻の胃袋を想定して作る。
伸用には今度は意表をつかずに王道の桃タルト。こっちはあらかじめ当麻が手を出す事を想定に入れて20センチ大のタルト台の上に薄切りにした桃を綺麗に重ねて並べ上からデコレーションしておく。
もう薬膳も何も関係ないようだが、本来、薬膳とは現代日本で作られた言葉なので、那唖挫に言わせて見れば中国最古の医学書“黄帝内経・素問”に出てきた食いモノが入ってればなんでもいいだろ、という言い訳が立つ。
……ここまでやれば、那唖挫の逆襲の事は小童二人も感づいているだろうが、手は出る。
一個ぐらいは、どうしても口に入れてみたいものがある。
当麻は食欲には勝てないし、伸は自分の料理職人としてのプライドと好奇心を刺激される。
とりあえず、二人は食った。
一回手が出れば、それはいくら唐辛子をナマで食うような味覚の男の作ったものでも四百年以上の経験が生かされていないわけではないのだから―――
結果的に、那唖挫が妖邪界から五往復して運んだその大量の菓子は全て二人の腹におさまった。
その間、那唖挫は「俺は辛党なので」の一点張りでナマ唐辛子を食っていた。
その膨大な菓子類には勿論、一個ずつ、那唖挫の新毒薬が含まれている。
名前すらまだつけてない。
効能は、“ここ三日ばかりの記憶を綺麗さっぱり忘れさせる”毒薬。
ちなみに、動物実験もしていない。
何しろ、小童二人がまず食ってくれなきゃ話にならないので菓子作りの方に力を入れすぎてそんな暇はなかったのだ。
ついでにいうなら那唖挫が記憶をいじる薬を作るのはこれが初めてである。記憶の消去・改竄などは幻魔将という専門家がいたため、那唖挫にその役目がふられた事がなかったのだ。
つまりだ。
果たしてそれが、目の前で振り子のごとく振られる五円玉以上の効果をもつか、それともその場で認知症になってしまうほどの威力を持つか、那唖挫本人にも分からない。一応、狙いは定めているがもう当たるも八卦当たらぬも八卦の世界である。
(ま、死にはしないだろう)
そんなことを思いながら那唖挫は唐辛子をまたかじる。
十月十日、当麻の誕生日。
とりあえず死人が出たという話はなかったが―――その後の三人の運命が平和であったという話は聞かない。毒を持って毒を制したのか、毒食らわば皿までだったのか…。
まあ知ったところで、「毒にも薬にもならない」たぐいであるのでここは省略しよう。
・羽柴当麻三十三歳の教訓 人を見てやり方を選べ
完