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花散らすケダモノ 蛇淫
 「螺呪羅がしていいことを、何故俺がしては駄目なのだ?」

 それが那唖挫の本音だった。

 

 

 

 六月とはいえ蒸し暑い夏の気配が感じられるその一日の午後、螺呪羅と征士は近所の町に雑用と買出しに出た。

悪奴弥守は那唖挫のいう所、体に備わっている耐性が弱っている。そのため、彼につきそってもらいながら家に残る事になった。

暑さに弱い悪奴弥守はすっかりだらしなくなってしまい、日陰のソファから動かなくなっていた。

「お前は暑さだけではなく、湿気にも弱いからな。」

 彼のために自作の冷えた香茶を用意しながら那唖挫が言う。

「なんかこのあたり、一応、北国に入るそうだが……俺の知っている気候とは違うんだ。」

「あれはどうした。」

「あれ?」

「闇神殿に、夏になるとお前が張っている固定結界。俺には寒いぐらい涼しい空気の奴。」

「娑婆で、妖邪界にいるみたいに無闇に霊力を使うのは気が引けるんだよ。」

 やっとの事で悪奴弥守は身を起こして那唖挫の作った香茶を飲むために手を伸ばす。

「……変わった匂いがするな。何だ、これ?」

 犬のように嗅覚の鋭い悪奴弥守はそう言って、気だるそうに自分の側にいる那唖挫を見る。

「娑婆世界では“ハーブティ”と呼ばれる茶の一種だ。お前に飲みやすいように俺の甘い薬も少し混ぜたぞ。」

「うん、そうか。……ありがとな。」

 喉も乾いてだるかった悪奴弥守は警戒心も見せずに那唖挫の作ったその香茶をぐっと一息に飲み干した。

「ふふ……」

 那唖挫は妙に嬉しそうに悪奴弥守のその様子を笑って見守る。

 悪奴弥守はそれに気がついたが、とにかく蒸し暑さに参ってしまっていたため、まただらしない犬のようにソファに横になった。その隣には、甘えた末っ子らしく那唖挫が座っている。

 悪奴弥守が暑がるのでべったりくっつきこそしないが、螺呪羅と征士がいないこの状況は極めて居心地がいい。

「ふう……」

 冷たい香茶を飲んで、いくらか不快は和らいだものの、じっとりと体に纏わりついてくる夏の湿り気は変わらない。

 悪奴弥守は長々とため息をついて、白い男物のワイシャツのボタンを腹の上まで外していき、行儀悪く脚を開いた。

 妖邪界にいるならば、闇神殿全体に、彼の持つ冷気の能力で固定結界を張っている時期なのだ。その中では、自然な涼しさと爽やかさが広がる。そうした環境で夏を過ごしてきた彼にとって、梅雨の直前の東北の湿気と暑苦しさは苦痛なぐらいだ。

「また、だらしのない格好をして。悪奴弥守、光輪が来たらどうなると思う?」

「光輪がいたら……そりゃ、うるさいだろうが、今はいないだろう?それになんか……」

 悪奴弥守はまたため息をついた。

「なんか、さっきから、だるくて、暑苦しいんだよ。」

「そうか……?」

 那唖挫はそう言うと、悪奴弥守が飲んだグラスに入れていた氷を、中から取り出した。

「那唖挫……?」

 その氷を、悪奴弥守の唇に当てて黙らせる。

 呆気に取られている悪奴弥守の唇から顎、喉へとしずくを垂らしながら氷をじりじりと動かしていく那唖挫。

「おい、お前、まさか……」

 那唖挫は何も言わずに溶けた氷の痕を蛇を思わせる赤い舌で舐め上げた。

「よせよ……」

 力なく、悪奴弥守はそう言う。だが、正に暑苦しいほど間近に迫った那唖挫の体を押し返すには至らない。

 ここは征士の父親の家で、征士たちはいつ帰ってくるのか分からないのだ。

 それなのに、突き飛ばしてでも逃げようという気持ちが起こらなかった。

「暑いのが嫌ならば、それを忘れさせてやろう、」

 那唖挫はそう言って、悪奴弥守の耳朶を柔らかく噛んだ。

「んッ……」

 びくり、と悪奴弥守の体が跳ねる。

 そして、たったそれだけの甘い痛みなのに、それは耳の端から足の爪先までまるで電流のように走っていった。

「那唖挫、まさか……」

 答えはそれしかないのに、そして今まで、何度も同じような事をされたのに。

 微熱に潤んだ瞳で悪奴弥守は自分の顔の脇にある那唖挫の頭にそう問い掛ける。

 応えは、おかしくてたまらなそうなくぐもった笑い声だった。

「光輪が、いるって言うのに、お前……」

 そういう悪奴弥守の声はもうきれぎれで、どうしようもない。

「螺呪羅が、お前を光輪の前で嬲ったのだろう?」

「……それは……」

「それでも諦めないとは何とも苛立たせる小童だ!」

 そこだけ、かつての毒魔将を思わせる激しい口ぶりであった。

 

 

 

「や、めろ、よ……」

 ワイシャツを中途半端に剥かれた後、那唖挫の手が股間のジッパーにかかった時点で、ついに悪奴弥守は切れ切れに叫ぶと身を捩り、逃げようとした。

「よせ、悪奴弥守。そんなことをしたところで、もう逃げられないことは分かっているだろう?」

 甘く耳元で那唖挫が囁く。

「いやだ……」

 悪奴弥守は弱弱しくそう言って、無理に体を突っ張らせ、快楽と体が溶けそうな感覚と戦いながら、那唖挫を押しのけようとする。

「諦めが悪いのはお前も同じだったな。」

 那唖挫は呆れてそう言った。その途端、悪奴弥守は那唖挫の腕を振り払おうとし、反動で、ガラステーブルとソファの間に転げ落ちた。

「つっ……うっ……!」

 痛みをこらえて、悪奴弥守がそううめく。

「危ない。俺は、お前を痛めつける趣味はないことを知っているだろう、悪奴弥守。暴れるのはよせ。」

「だって、……っ」

 はぁ、はぁ、と荒い息をつきながら、悪奴弥守は那唖挫から少しでも逃げようと、痛む体のまま絨毯を引っかいた。

「仕方ない。諦めさせてやろう。」

 冷たく那唖挫はそう言った。

 元々、男が仮住まいするための家だ。リビングには飾り気もなく、日用品が乱雑に押し込まれたカラーボックスがある。那唖挫はそこに目をつけていた。

「何、何だ……っ!」

 不穏な気配を感じ取って、悪奴弥守がそう声を上ずらせる。

「痛い思いをさせるつもりはない。」

 近くのカラーボックスから、無造作に置かれた白い紐の束を那唖挫は取り出して乱暴にほどく。

「那唖挫っ!」

 悪奴弥守が叫ぶが、もうどうしようもなかった。

「諦めさせてやろうというのだ。ついでに理由も作ってやろう。」

 赤い舌で唇を舐め上げながら那唖挫は悪奴弥守に迫る。

「光輪に問い詰められた時、薬と縄でどうしようもなかったと言えばいい。それであの餓鬼が納得するかどうかは分からぬが……。」

 最後の悪あがきで、悪奴弥守は一瞬、立ち上がろうとした。だが、その腕に、那唖挫の白いビニール紐が絡みつく。

「な、んでッ……!」

 悪奴弥守の声が跳ねる。しかし、薬を盛られた体は、同格のはずの那唖挫の前に容易く屈し、嫌がるどころか体は喜悦を感じる一方だ。

「な、んで、お前ら、はっ……」

 それ以上、何を言うつもりなのか、悪奴弥守は自分にもよく分からなかった。ただ、理不尽さだけを感じ、胸のうちから悲しみだけが零れ出る。

 その苦渋に満ちた悪奴弥守の表情を見下ろしながら、那唖挫は半ば抵抗をやめた彼の両手首を腰の後ろで縛り上げ、ソファに繋いだ。

「これで、抵抗できなかった理由が出来ただろう、悪奴弥守?」

 優しく柔らかい声音で、那唖挫が残酷な事実を告げる。

「俺とお前が体を重ね合わせるのに、理由など入用だった事は今までなかった。俺達はいつも、その気になったらそれが“理由”だっただろう?あとはいつものように喘げばいい、悪奴弥守―――」

 そう言って那唖挫はいとおしそうに悪奴弥守の氷の痕に濡れた頬の十字傷を辿る。それは、悪奴弥守の胸中の涙を思わせた。だが、悪奴弥守は目から涙をこぼしはしなかった。

 ただ、薬のもたらす淫欲に潤んだ眼で那唖挫を見上げ、口から荒い息を吐いている。

 那唖挫は腕に絡みついている白のシャツは無視して悪奴弥守の足に纏わりついている邪魔な布地を手早く取り去って行った。

 蹴飛ばそうとすれば、それも出来ただろう。

だが、悪奴弥守はただ那唖挫に身を任せ、無言でじっと耐えていた。

 屈辱と、堕落の虚しさと、ねだりそうな快楽を、耐えた。

「もうこんなに熱くしている。」

 那唖挫の端麗な指が悪奴弥守の欲望を縛るように辿っていく。一本ずつ。

 そのまま苦しそうな呼吸を繰り返す口に、那唖挫の口が重なった。

 もう片方の手の指が、縛られた悪奴弥守の肩からゆっくりと胸へと降りていき、悪奴弥守はむせ返りそうなくちづけに背中を大きく逸らした。

 それに気づいて那唖挫が唇を離すと銀の糸が互いの口元を濡らす。

「光輪にせめられて、今まで苦しかったろう、悪奴弥守?」

 切なげにあえぎ、最早、完全に抵抗を忘れた悪奴弥守の頬に何度もくちづけながら那唖挫が言う。

「体だけではなく、心も癒してやろう。何もかも忘れて、俺の下で喘げ。」

 そのまま繊細な指が知り尽くした悪奴弥守の快の点を一つ一つ愛撫し始める。悪奴弥守は甘い吐息をつくと、ゆっくりと那唖挫のために両の脚を開いた。

 

 

 

 車を降りた途端、征士の形相が変わった。

 螺呪羅は釣られたように“気”を張り、事情を察する。

 毒魔将の“気”と、闇魔将の“気”が絡み合いもつれあっている。二人が体を重ねている証拠だ。

(結界ぐらい張ればいいものを)

 そう思うが、同時に、これで征士の恋着が切れる可能性を螺呪羅は考えた。自分とだけではなく、那唖挫とも悪奴弥守が体をつなげつづけている事を、この潔癖な若者が知ればどう出るか。

(それも計算のうちか、那唖挫?)

 そんな事を考えながら知らぬふりをして、玄関のドアを開ける。

 切なそうな悪奴弥守の喘ぎ声が聞こえた。時折、かよわいとすら思える小さな声で、那唖挫を呼んでいる。

 少し送れて、征士が険しい顔で玄関の中に入ってきた。

 そのまま乱雑に靴を脱ぎ捨てると、正面のリビングへと走り出そうとする。

 その腕を螺呪羅が鷲づかみにする。

「待て。」

「何を―――」

「無粋だということが分からぬか?」

「無粋?!」

 それが何だというのだ。

 征士の紫色の瞳ははっきりとそれを螺呪羅に告げていた。

「今、那唖挫と悪奴弥守のところへお前が入ってどうする?疲れ果てている悪奴弥守をまた傷つけて無体でも働くつもりか。あんなに悪奴弥守が可愛がっている那唖挫を殴って。」

「………っ」

 征士が息を呑む。

「そんなことをしても、悪奴弥守は絶対に、手に入ることはない。」

 淡々とした声で螺呪羅が事実を簡潔に告げる。

「貴様は―――」

 押し殺し、かすれた声で征士は言った。

「目の前で、悪奴弥守が他の男に抱かれているというのに、何故、平気でいられる?」

「平気かどうかはお前の知ったことではないが、こうした場合に放っておくぐらいの知恵はあるな。」

 螺呪羅は自嘲に近い笑みを浮かべた。

「何故だ。」

 征士は涙をこらえた声を絞り出した。

「何故、分かってしまうんだ―――」

「何?」

「……………っ」

 苦渋に満ちた沈黙の後、征士は金髪を両手でかきむしると、ようやく顔を上げた。

「昔から、悪奴弥守の体に残る“気”が、どれだけ私を苦しめたか、貴様に分かるか、螺呪羅。」

「……体に残る?」

「分かるのだ。悪奴弥守の体に奥深く、染み込んだ、他の男の“気”が。何度会っても、会う度に、なぜか悪奴弥守の体から、匂いのような“気”が感じられる。それが何を意味するか、私は知っていた。知っていて、黙っていた。辛かった。」

 これには螺呪羅も黙るしかなかった。

 礼の戦士である征士が、逆上して、悪奴弥守に乱暴を働くまでの心の軌跡の一部が、はっきりと分かったのだ。

 光輪の鎧と、漆黒の鎧。

 その対の鎧は互いの“気”を中和させる一方で、過敏に反応しあうのだろう。

 征士が何も言わないために何も知らずに悪奴弥守は獣のごとく放縦に様々な人間と体を重ね、そのあとに征士に会う。

 そしてまだ少年の征士はそれに気づいても口に出すことも出来ずに、ただ恋々とした思いを抱え込んでいく。

 そしてトドメは、自分が指した。

 征士の誕生日の前日に、螺呪羅と悪奴弥守は何度も何度も体を重ねあって楽しんだのだ。それを、二十歳という節目の征士は悪奴弥守が現れたとたんに感じ取っていた。

 だから、彼は、押さえきれなくなってしまった思いを、悪奴弥守自身にぶつけてしまったのだろう。

「何故、こんな力が、私にだけあるのだ。何故、悪奴弥守は……っ」

 小声で、征士は更に何か言い募ろうとしたが、言葉にはならなかった。

 ただ、螺呪羅は自分の前で血が滲み出そうなぐらい握り締められた二つの拳を見つめるしかなかった。

 螺呪羅とて、自分の情人である悪奴弥守を強姦し、暴力までふるった征士に好感をもてるわけではない。

 だが、同情はした。

 直情で、清廉潔白な光輪の戦士が、初めて恋した相手が悪奴弥守だということに、同情した。

 四百年以上もの間、元来もっていた常識まで粉々に砕かれるほど阿羅醐に凌辱され、その上、自分達とも関係を続けていた闇魔将を、対の鎧の征士が深く恋着してしまったということは、滑稽だが、悲劇ではあった。

「光輪、今まで、お前が黙っていたのなら、このまま黙っているしかない。」

 螺呪羅は最良の策だけを征士に授けた。

「先も言ったが、今、悪奴弥守達の前に姿を現し、その能力を告げれば、悪奴弥守がどれほど後悔して苦しむか、分かるだろう?それを、したいのか。」

 リビングの方から、切なく誘う悪奴弥守の声が聞こえた。

 

 

 

 しとどに汗に濡れた悪奴弥守の胸を幾度も、那唖挫の赤く細長い舌が舐め上げる。

 妖艶な笑みを浮かべては、那唖挫は縛られて自由のきかない悪奴弥守の肩から腕を見る。

痛みを与えるつもりはない。

 だが、悪奴弥守に「縛られている」という感覚を与えることは必要だ。

 縛られて、自分は自由がきかない。だから、そのまま那唖挫にその身を委ねてしまったという理由が、罪の意識から彼を解放する。

 同時に、縛られているのにこんなにも全身を濡らして、那唖挫に答えようとする自分の浅ましさへの羞恥が、更なる快楽を呼ぶ。

 時折、手首とソファを繋ぐビニール紐を引っ張りながら、那唖挫は丹念な愛撫を悪奴弥守の弾けるような褐色の肌に与えていった。

「なあざ……な、あざっ……」

 悪奴弥守の声は熱に焦がれて切ない。その熱は那唖挫の与えた理性を消し去る薬と、彼の本能に忠実な性、双方から発せられたものだった。

「もっ……、俺、もう……っ」

 きりきりと那唖挫が指で締め上げればその浅ましい部分は蜜を垂らして首を振る。

 まるで面白がるように那唖挫は右手の指と掌で、悪奴弥守の色欲を赤く火照らせながら愛撫する。

「そろそろ、欲しいか、悪奴弥守?」

「あっ……」

 まるで悪奴弥守の方が那唖挫に駄々をこねるように体をよじり、首を左右に振る。それを認めてしまっては、征士にすまないという意識がまだあるのだろう。

「強情な奴よ。」

 もうすっかり硬くなっている部分に、那唖挫は舌を這わせ、ゆっくりと口の奥まで飲み込んでいった。

「んっ……んんっ………!」

 悪奴弥守は欲する言葉を必死に口で噛み殺しながらも、那唖挫の与える快楽を拒みきることは出来ず、脚で虚しく空を引っかいた。

「んっ……あ、アッ……!」

 那唖挫の指と舌の巧妙な技。

 それが、追い詰められていた悪奴弥守の体を容易く快楽の波の頂点へと押し上げていく。

「なっ……あ、ざっ……」

 びん、とビニール紐が張り詰められた。

 その瞬間、悪奴弥守は那唖挫の体を抱きしめようとしたのかもしれない。

 押し上げられた絶頂の鋭さを示すように、紐は幾度も幾度も震え、やがてたわんでいった。

「ふっ……」

 悪奴弥守の全てを飲み込んだ那唖挫は満足そうな顔で口元を拭い、体力を使い果たして横たわるしかない濡れきった愛しい存在を見る。

 妖邪界に転生して、誰よりも早く自分を受け入れ、自分に安らぎを与えてくれた存在。

 何百年もの間、那唖挫の背中を守り、黒狼剣を振るい続けてきた男。

 その男の秘部を那唖挫の舌と指が探っていく。厭わしいとは思わない。ただ、悪奴弥守を欲する心と、悪奴弥守の心身を慰め癒したいという心があった。

(それは螺呪羅も同じはず……)

 薬に鈍磨してしまった悪奴弥守の意識とは違い、那唖挫の“気”は他者の気配もしっかりと感じ取っている。だが、那唖挫は悪奴弥守の褐色の匂い立つような太腿を抱え上げた。

「ん、あっ……や、ぁ………!」

 受容の苦痛と快楽を同時に示す悪奴弥守の嬌声。

 それは甲高く何度も彼の喉から放たれた。

 構わずに、那唖挫は悪奴弥守の内部、奥深くまで貫いていく。

(ただ、螺呪羅は正直になれないだけだ。光輪どころか、俺ほどにも……)

 簡単に理性を失う事のない男は、野生の本能のままに体を何度ものたうたせる悪奴弥守を見下ろしながら、その健やかな脚を折り曲げて、自分の欲望をつきたてる。

 荒々しい動きはむしろ悪奴弥守で、那唖挫は端正さを失わない。

「は、あ、んっ……那唖挫っ……那唖挫―――」

 縛られた腕をもどかしげにゆすり上げて、悪奴弥守の脚は那唖挫に答えるために彼の体を締め付けようとし始めていた。

 脚のみならず、男の快楽に慣れきった秘部は、那唖挫を逃すまいと飲み込んでは締め上げる。

「悪奴弥守、己を痛めつけるのはもうやめるがよい。」

 まだ硬質で冷たい声でそう告げながら、那唖挫は一層、己を悪奴弥守の奥に打ち付ける。

 元々、本能的な上に、那唖挫の香茶に盛られた薬のために、悪奴弥守は何もかも分からなくなっていた。

 そこがどこかも、近くに誰がいるのかも、分からない。

 ただ、四百年の時を越えて心身を赦しあった愛しい存在である那唖挫に、自分が抱かれている事だけが分かっていた。

 那唖挫は、可愛い。そしていとおしい。

 百年の時を越えて体を求め合えば、様々な悪戯がその遊戯に盛り込まれるのは当然のことで、薬も紐もその一つとしか思えなかった。

 だから悪奴弥守は狂うばかりに那唖挫を求め、体をまた大きく跳ね上げた。

「なっ……あざっ……」

 先ほど、達したばかりだというのに、悪奴弥守は那唖挫の最奥への攻めでまた激しく絶頂の波に押し上げられ、全身を痙攣させながら白濁を放つ。

 那唖挫は<兄>にだけ見せる甘く優しい笑みでそれを見つめ、自分の乾いた唇を舐め上げた。

「抱かれるのは好きであろう……?己の本性を曝け出して、それを全て飲み込み受け入れられるのは……。」

「う……ん……」

 覚束ない口ぶりで悪奴弥守はまた那唖挫の名を呼んで、深く頷いた。

 那唖挫と体をつなげ、それにより癒されるのはいつものことだったのだ。

 悪奴弥守の陥落を感じ取った那唖挫は、突如、動きを変えた。

 彼の両足を更に大きく割り広げて腕で支え、強く激しく抉るように内部を穿ちはじめる。

「あっ……あっ……あっ……」

 その強烈な動きに耐え兼ねて、悪奴弥守は何度も高く嬌声を放ち、苛烈な刺激を緩和しようとする。

 昼下がりの陽光の中、那唖挫に身も心も委ねきりながら、悪奴弥守は愛欲と快楽の波に深く静かに沈みこんでいった。――――最後まで、征士の視線には気づかなかった。

 

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