退魔師やってた光輪のセイジが妖邪界に転生した所

 都内のマンションに帰宅したのは、午前四時前だった。
「お帰り!」

 何時になっても当麻は起きて待っている。
 そのことを不思議に思い、先に寝ていてくれと言った事も数回あるのだが、当麻は、元々不規則な生活をしているから気にしないと言って、退魔師という怨霊退治のような仕事をしている征士が、どれだけ夜遅くても起きているのだった。

 確かに、当麻は、起きたいときに起き、寝たい時に寝る、我が儘な生活をしているが……。

「当麻。先にやすんでいてくれて、よかったのに」
「いや、俺も見たい動画があったからさ。気にするなよ」
 当麻は、青い髪をさらりとかき上げながら笑った。
 少年時代と同じ外見という訳にはいかないが、少年時代同様、明るく屈託のない笑い方を征士に見せる。

「それで? 仕事は終わったのか?」
「--終わった」
「お前が無事でここにいるってことは、勝ったんだな」

 にやりと当麻は先ほどとは打って変わった笑い方をして、リビングに備え付けの冷蔵庫の方に向かった。

「そうなるんじゃないかと思って、高いの買って来ていたんだよ。飲もうぜ。お前の好きな日本酒の、アレ……」
「仙台の酒か」
「ああ。いいだろう」
 当麻は征士のために、通販で買い込んだ高額の酒の肴を用意した。
 それと、宮城県の一ノ蔵の酒、笙鼓も。
 実際味もいいのだが、征士は尺八が趣味のため、何となく名前も好きであるらしい。

 その間に征士はシャワーを浴びて埃を落とし、リラックスした服装に着替えたのだった。
 当麻は征士をリビングのソファに招き、二人で乾杯を行った。

「で。どうだったんだよ。今回の依頼とかは」
「酒の席で聞かせるような話ではない」
 征士は、困ったように眉尻を下げながらそう答えた。

「またまた~。そりゃ、怨念怨恨を背負った仕事だったいうなら、面白い話もなかっただろうけど。でも、気になるじゃん? 妖邪の事に、天空の俺が興味ないわけないだろ、何でも聞くから、教えろよ」
「……それはそうだな」
 当麻は、仲間だ。
 妖邪を倒すサムライトルーパーだ。
 その彼が、妖邪の話を聞きたいというのだから、日頃は口の重い征士も少しずつ話し始めた。

「依頼人の男は、息子がいた」
「いた?」
 個人名は避けているらしい。それだけで、当麻は、これは口外にしてはいけない話だと気がついた。まあ、当然だが。
「去年の春に、仙台一高に合格した。親の欲目か、優秀な長男だったそうだ。それを、周りが何故か、言いがかりをつけた。カンニングしているだろうと」
「……カンニング?」
 当麻の言葉に、征士が重く頷いた。

「彼は、カンニングと賄賂で一高に入り、その後も成績をインチキで維持しているだろうと言われた。そういうふうに、妙な噂が立った理由は私も調査しきれない。だが、依頼人も、その息子も、全く身に覚えにないことだった」
「それで、何故、妖邪が……」
「妖邪は、悪口が好きだ」
「あ、……そういやそうでしたね」

「悪口は実に簡単な呪詛だ。人を悪く言って貶める事は、大体が呪いの類いに入る。それで、ハーピィ型の妖邪が、悪口の周りにつきまといはじめ、妖力と自らの呪詛でそれを煽った。息子は呪詛と風評被害に苦しみ、段々、高校に行かないようになった。そうすると、余計に周りは悪口を言い、呪詛を重ねる。どうせ、今まで全部インチキだったんだろう、図星を指されたんだろう……と」

「ひでえ話だな」
 当麻は自分で頼んで起きながら、酒を大きく煽って、盛大なため息をついた。
「親は、クラス替えのある新学年なら、何とかなるんじゃないか、リスタート出来るのではないかと、期待して、今年の四月から息子を、かなり強い言い方をして、一高に登校させたそうだ。息子も最初はためらったが、今度こそと思って学校に出てみた。そうしたところ、何か事件があったらしい……」
「事件?」
「警察に行く程度の事件はあった。これは流石に、お前にも話せない」

「……リンチか、何かか?」
 それでも当麻は突っ込んだ。
 征士は何も言わなかった。肯定も否定もしなかった。それでは、当麻でも判断のしようがない。

 やがて、征士は話し始めた。
「その三日後に、息子は遺書を書いて自殺を実行した。もうこの世の人間ではない」
「はぁ!? 急展開だな、オイ!」
「その遺骸に、ハーピィが群がっていたんだ。妖邪が煽っていた事に、そのとき親はようやく気がついた。口惜しかったそうだ。だから私を雇った。ハーピィを一匹残らず仕留めて、息子の無念を晴らして欲しいと、そればかりを繰り返された。だから、私は仕事をした。……そして、お前の言った通り、勝った」

 当麻は何も言わずに拍手をした。
 真顔で、征士に向かって手を叩き、その功を労った。

「そういう仕事だったら、俺も行きたかったな。何匹もいたんだろう。征士も危険な目に会ったんじゃないか」
 当麻は征士の杯に笙鼓を注ぎながら訪ねた。
 征士は当麻に軽く目礼をしながら酒を飲んだ。結構喋った後の喉に、酒の冷たさが快い。

「危険な目に会うのはいつものことだし、覚悟の上だ。当麻の事は、信頼しているが、お前も自分の仕事があるだろう。私の仕事のことまで気を回す事などない」
「まあ、フリーで喰っていって、楽勝なことなんてなにもないですけどね」
 当麻は肩を竦めて、征士の返杯を受けている。

「フリーは楽だ自由だって言われがちなんですけど、自由って全て責任は自分が取るっていうことなんですよねー。あー、愚痴になっちゃいそう。やべっ」
「愚痴も少しぐらいならいいぞ。そのまま甘えるのはだらしないがな」
 征士がそう答えると、当麻はカラカラと声を立てて笑った。

「俺、お前の前で、そんなみっともない自分見せたくない!」
「……そうか?」

 やたら元気に笑われて、征士は面食らっている。
 言われてみれば、根が明るく楽天的でドライな当麻は、征士の前で愚痴を言った事はなかったかもしれない。
 フリーランスの41歳で、それは結構、珍しい事かもしれなかった。


「征士の話は悲惨だったけどさ、怨念を育てて食べる妖邪を倒すのが稼業なんだから、そういう話はいっぱいあるんだろうな。まあ、飲めよ。飲んで嫌な話は忘れよう。それでさ、先月の皆既月食の面白い動画があるんだけど、一緒に見ないか? お前、仕事でそれどころじゃないって言ってたじゃん」
「皆既月食の?」
「そう。四月四日の。すっげえ綺麗な色で見える動画があるんだよ」
「ほう」
 胸焼けのしそうな仕事の後のせいか、綺麗な月食の動画と聞いて、征士も興味をそそられた。
 天文学が大好きな当麻の解説を聞きながら月食を見たら、確かに、嫌な事は忘れられるかも知れない。
「それはいいな」
 征士は当麻とともに、パソコンを置いてある部屋の方に行こうかとした。

 だが、ついてなかった。
 その日は、そういう運の巡りであるらしい。

 征士のスマホがけたたましい音を立てて鳴った。

 確認すると、依頼人の名前がスマホに浮かび上がっている。征士は即座にスマホに出た。

「どうしましたか?」
 パニックに陥っている依頼人の声が聞こえる。
 舌をもつれさせて噛みそうになっている。それを落ち着かせて、征士は何とか聞き出した。

「妖邪が--もう一匹いる!?」

 当麻が顔を青ざめさせてソファから立ち上がった。そして、居間の茶箪笥の引き出しを開けた。そこにいつも、自動車の鍵を置いてあるのだ。

「場所はっ……」
 征士が場所や状況を聞いている間に、当麻は自動車の鍵を持って征士の前に出た。
 征士は当麻に頷いて、深夜のマンションの玄関口に向かった。

「運転なら俺がやる。征士、今度は必ず討ち取れよ!」
 そういうことで、マンションの駐車場に二人とも駆けつけ、自動車に勢いよく飛び乗ったのだった。



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